こんにちは、ひでちぇろです。

 

今日は、音楽から少し脱線して、

風景写真について書きます。

 

写真は、

筋トレを始めてからのここ3年くらい、

遠ざかっていたのですが、

 

音楽以外の分野についても、

 

現在の視点でどう理解できるか

書いてみたいと思います。

 

魅力的な風景写真と

それほど魅力的でない(失礼!)写真が

なぜあるのか?

 

というテーマで書いていきます。

 

5年から10年前くらいの頃、

上手くなりたい気持ちもあって、

某風景写真系の雑誌をよく買って、

風景写真について勉強していました。

 

そうすると、

やはり、プロの写真家がとった写真は

たいてい魅力的で、思わず見入ってしまうような、

ものばかりでした。

 

いきいきとして華がある感じがするのです。

 

かたや、

アマチュアが投稿した写真はというと、

投稿された写真の中を勝ち抜いてきただけあって、

技術的には素晴らしく、

美しいんですが、

 

なぜか、見ていて楽しくならないというか、

なにかが足りない感じがするのです。

 

当時はその理由がわからないままでした。

 

しかし、今考えると、

その違いとは、

「音楽と精神世界」のところでも書いた様に

 

「共感」

であると思います。

 

そもそも、

他人の取った写真を見るという行為は、

撮影者と全く同じ視点でものを見るということです。

 

ということは、

視点の情報をトリガーにして、

「共感」が起こり、

視点以外の情報(感情や体感)も、

同時に身体にインプットされるものと思います。

(真剣に観るとそうなっていきます)

 

その写真を撮るときに

撮影者が、写真を後からみるたくさんの人が

「共感」することをあらかじめ想定し、

「共感的視点」で写真を撮影していたならば、

見る側も「共感」しやすく、

ポジティブなフィーリングが感じられると思うのです。

 

これに反して、

撮影者の心のベクトルが自分の方向にしか

向いていなかったならば、

写真を見ても、

「共感」しづらく、

いまいちな感じがすると思うのです。

 

と、

ここまで書いて、

このブログも同じですよね。

 

読んでいただく方の視点も常に感じていないと、

独りよがりなつまらない文章になりますよね。

 

自戒を込めつつ、

まだ明日からも書いていきたいと思います。

 

それでは。

 

cにほんブログ村 クラシックブログ チェロへ
にほんブログ村