こんにちは、ひでちぇろです。
今日は楽器で音楽を発信する意味について
書いていきます。
音楽を2種類に分けるとして、
言葉のついた歌があるか、
音だけで歌がないか、
という分け方ができると思います。
そもそも、歌詞(言語)と音を同時に発信する
っていうのはどういうことなんでしょうか。
音楽の音っていうのは、言葉で名前が付けられる前の情報を、
ダイレクトに情報空間(心)に届けられるものです。
しかし、それだけに抽象度が高すぎて、
頭ではすぐに理解されづらいです。
言葉はものごとに名前をつけて単純化し、
ロジックにするので、
底の浅い情報ながら、
すぐに分かりやすいです。
言葉は物理空間に直結して分かりやすいです。
歌付きの音楽は、
物理空間に直結した言葉の特性を利用しつつ、
それに付随させて情報空間にも
メッセージを発信しているものだと思われます。
一方器楽での表現は、
言葉による助けは介さずに
抽象度の高い音楽というメッセージを、
ダイレクトに情報空間(心)に届け、
リアリティの有る世界を構築する営みだと言えます。
言葉がない分だけ、
聴く側にも技量や努力が必要となってきますし、
演奏側も、
言葉の助けがない分、
言葉に代わるだけのリアリティのある世界を、
あらかじめ準備し、持って演奏する必要があります。
チェロの練習ということで言えば、
そういう言語の助けがない中で、
自分なりの世界観を表現していく必要がある、
情報空間にダイレクトにメッセージを届ける営みである、
ということを理解した上で、
その素材となる音を準備してく気持ちで、
ボーイングなり、
スケールなり、
エチュードなりの練習をしていくことが求められるのかと思います。
というか、そういう気持ちで、
私も日々練習しています。
実際に音を出すという行為からも、
自分の表現しようとする世界観が影響を受けることもあり、
練習する過程で、
世界観と演奏する行為が、
相互に成長していく感じになるのかなと思います。
最初の話と少しずれましたが、
音だけで説得していくんだという、
心構えが大切なんじゃないかというお話でした。
それでは。