何かに取り組もうとするとき、それをやらせまいと邪魔者が現れる。それは自分の感情である。取り組みに対して時間がかかるものだったり、苦労するものだったりすると、やりたくないと躊躇する感情が発生する。この感情を無視できるかどうかが、実行できるかどうかを左右する。
この感情に打ち勝てるかどうかは、訓練が必要であるように思える。それは、こうした感情が現れてもすぐに取り組めるように、何度も無視することをやってみることだ。何も考えずすぐ取り組んでいる状態に、自分をもっていかなければならない。
経験上、体力的に疲れている時は特にこの感情が大きくなって現れやすい。睡眠を十分にとって、常にすぐに取り組める万全の状態にして、感情を無視して取り組むことを練習しなければならない。
ネットの掲示板を見ていると、「過程が全てか、結果が全てか」という題目で議論になっていた。個人的な意見からすると、どちらも繋がっている概念なので全てという極論は難しいが、しいていうなら「結果が重要で、それには過程が伴う」ということだ。
結果はこだわらなければならない。結果を出すためには、厳しい過程を経なければならない。結果を出す人は当然に過程において試行錯誤をしており、ある地点に到達したときに結果になって現れるだけである。過程だけで満足しているのは、やはりそれは甘えであると言わざるを得ない。
「文化祭であれば、皆と作り上げる過程が大事」ともあったが、それは目標が「クラスの友達と仲良くなる」ということならば、結果が伴っているということになる。「人を蹴落としてまで結果を得たくない」という人もいたが、そのような結果は長続きしない結果であり、真の結果(結果が出続ける結果)とはいえない。
かつては私も過程が大事だと思っていたが、それは結果が出せない自分への単なる慰めであったと、今思えばそう感じる。
結果はこだわらなければならない。結果を出すためには、厳しい過程を経なければならない。結果を出す人は当然に過程において試行錯誤をしており、ある地点に到達したときに結果になって現れるだけである。過程だけで満足しているのは、やはりそれは甘えであると言わざるを得ない。
「文化祭であれば、皆と作り上げる過程が大事」ともあったが、それは目標が「クラスの友達と仲良くなる」ということならば、結果が伴っているということになる。「人を蹴落としてまで結果を得たくない」という人もいたが、そのような結果は長続きしない結果であり、真の結果(結果が出続ける結果)とはいえない。
かつては私も過程が大事だと思っていたが、それは結果が出せない自分への単なる慰めであったと、今思えばそう感じる。
何に取り組んだとしても、そこでの自分なりのやり方(あるいはフォーマット)を作り上げなければならない。これは試行錯誤で時間がかかる作業であるが、それさえできれば半分以上解決できたも当然である。あとはそれを繰り返せばよい。
ある成果物を生み出すプロセスは、製造業のそれに似ている。適した材料、適した工程、適した作業方法を研究して、生成物が基準に達することができれば、その生産方法を標準化し大量生産に持ち込む。そこではコストや時間が安定するので、結果が予測できる。
安定した成果を出すためには、まずは最初に自分なりの標準作業を探求せねばならない。
最近どうもイライラしがちなように感じる。イライラしてなかったときと、今の現状を比較して原因を分析すれば、解決しなければならない問題の数と深さが増えたからだと思われる。やらなければならないことは頭を占領し、常に面倒なことを考えさせるのでイライラに導くのだ。
イライラを納める一番の方法は、イライラの元になっている難しい問題の解決に取り組んで解決することである。イライラの紛らわせのために、多くの時間を気晴らしに使ってしまうことはしてはいけない。それは、一見気分が晴れるので良さそうな状態にはなるが、イライラの源は何も変わらず(タイムリミットが近づき悪化することもある)、結局はまた気晴らしに時間を使いたくなり、時間を浪費するという悪循環に陥るだけである。
イライラを感じているなら、イライラの源は何か明確にして、それを解決するために時間を費やすようタイムマネジメントをしなければならない。(しかし大抵の場合、原因は明解で、取り組みたくない気分のコントロールが問題となる)
何か難しい物事を達成させるにはどうすればよいか。まずそれがどのようなものか、全体像を掴んだり方法論を知るためには、過去の取り組んだ人達の本を読むのがよい。そしてそれを実行し、自分なりの解決方法へ調整してことである。
人との差が大きく出るのは、実行の段階である。自分なりに取り組んでみて、何処でつまづいたのか問題発見し、それに対して自分なりにアレンジした解決を生み出せるか、これができるかどうかである。この段階は時間がかかるものだと、覚悟して取り組まなければならない。
結局は習慣を作り出せる体質に持っていけるかどうか、これが達成できるかどうかの大きな鍵となる。