本質に近づく方法 | 考え中の人

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本質に近づく方法と書くと大袈裟に聞こえますが、要は、より正しいものに近づくにはどうしたらよいのか、という話です。それには、いろんな現実事象の中で、仮説と検証を繰り返していく方法しかないと思います。


フランスの哲学者デカルトは、その方法序説の中で、この世の最たる真理は何かを追求した順序を綴ってあります。彼は若いとき、全ての学問を学ぶことで、この世の真理を知りうることができる、と思っていたようです。しかし、学問を学ぶうちに、真理を知るどころか、ますます目的から遠ざかっていき、懐疑的になります。「数学はただのツールであって何の答えも導いていない」「唯一目的に答えを見出していそうな哲学も、時代によって、そして人々の認識によって正誤は変わってくる」というようにです。

そこでデカルトは、その全てを捨て去って旅に出ます。そして彼は、自ら決めたルールに従い、自ら真理を見つけようとします。そのルールとは、「自分が全くの疑いのないものだけを少しづつ積み上げて、そしてその先の真理にたどり着こう」という、大胆で地道な試みでした。そして、その境地こそが有名な「我思う、故に我有り」だったのです。

この手法は、現代の学問を生み出す、全ての起源となりました。つまり、全ての事象を一つづつ観察し、正しそうな仮説をたてて、試行錯誤して真理を導いていく、という考え方を得たのです。たしかに、こうして求められたものは、必ずしも100%正しいかどうかは、調べようがありませんが、すくなくとも限りなく真理に近いので、実用的である、ということです。

(例えば、ニュートリノの誕生で、相対性理論が危ぶまれていますが、少なくともこれまでの事象は相対性理論が有効に働いてきたのをみると、その法則は限りなく真理に近く実用的なので、真理かどうかはさほど問題ではないということです。)

わからないことがあっても、試行錯誤をくりかえし、その中で失敗したことはやめて、成功したものだけを積み重ねる、この方法が本質に近づく方法の全てです。付け加えておきますと、いくつかの成功から導き出される法則で本質のものをつくるときは、より多くに適用でき、より単純なものであるべきです。