就活が難しい理由 | 考え中の人

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●ポイント

・自己分析は難しい

・自分を客観的に見るのが、そもそも至難の技

・就活という状況では、余計なバイアスがかかってしまう

答えは簡単、一つしかない。それは、「自己分析」の難易度が高すぎるからだ。もしこれを、いとも簡単にやってのけるなら、苦労はしなくていい。何故難しいのか。それは、「自分を客観的に見る」のというのが、難しすぎるからだ。

就活生は、自分の人生の大半を預けるかもしれない、そして、未知の領域である「会社社会」に、一歩踏み出そうとしている。そんな状況では、誰もリスクなんてとりたくない。「私は社会でやっていけるだろうか、出来る限り失敗を犯さないよう、間違いのないところに入りたい」と思うのは当然だ。(よほど自分に自信があって、どこでも社会人としてやっていける自信のある人は別)。

となれば、できるだけ自分の考える良い所に入りたいため、相手に良く見てもらおうとする。ならば、必然的に自分の価値を高くみせたい、というインセンティブが働く。すると、どうするかというと、就活本に載っている成功事例に乗っ取ったり、それを真似るというテクニックに走る。当たり前だ。私だってそうする。

だがこのとき、彼は誰のことを考えているか。自分である。その時点で、公正な判断ができていない。彼の世界は自分の都合のいいように見えてくるので、よって自己分析なんて自分のいいように作られるので、できっこない。できたとしても、それはただのツギハギの誇大広告である。客観的とは程遠い。

そもそも、自分で自分を客観的にみるのは、ほぼ不可能である。というか、対義語の主観的というのは、「自分の目から判断して」ということなので、自分で考えたものは全て主観的だ。本当に客観的に分析がしたいのなら、プロの心理学者に頼むかなんかして、診断書を作ってもらうしかない。

確かに、今まで自分があの時ああして、こう感じたからこうした、というのは、ある程度いい当てることができるかもしれない。ただこれをしても、やはりまだ、面接官に良いように理解して欲しいので、その時点で判断がゆがむ。なので、「自分はこうです」という、レッテルの方を大事にする人は、少し思い直したほうがいいかもしれない。

よってできることは、自分のやってきたことと、熱意をアピールするしかない。そして面接官は、相手の解釈を鵜呑みにせず、どういう人間かを推測する。そして、嘘はズレが生じるので、大方ばれる。

もし、公正な目で見れたならば、本当は誰でも自分だけの素晴らしいところがあるのに、実にもったいない。