今日は、自己紹介はお休みです。

 

私は、男子テニスの錦織圭選手のファンです。

 

全豪で3回戦突破しましたね。次戦はフェデラーに決まったようですね。

 

錦織選手はグランドスラム、マスターズ1000は未勝利です。今年こそは夢を実現させて欲しいものです。

 

今年の全豪は、強豪ぞろいのブロックに入ってしまったのですが、好調を維持しているようなので、期待しています。

 

日本人男子テニス選手でトップ10を維持し続けるプレーヤーが出るとは、誰も予想していなかったと思います。それだけでも随分幸せです。

 

でも、やはり欲が出ますね。

錦織にはグランドスラムの勝利を期待しています。彼ならできると思います。

 

このブログでは、スポーツや音楽などの話題にも随時触れていくつもりです。

(前回から続く)

 

その会社の社員は助け合って仕事をしていました。みな、私のように脛に傷を持つ人たちばかりでした。

 

親から引き継いだ呉服屋を倒産させた人、経理なのに間違えてばかりでクビになった人、部下を引き連れて独立しようとしたら情報が洩れてつぶされてしまった人、上司と衝突して勢いで辞めてしまった人・・・。

 

仲間意識が非常に強く、一体感はぴかいちでした。私が社内でガッツポーズすると、

 

「ヒデボーさん、やりましたね。ガッツポーズですね!」

 

と言って拍手してくれる、そんな感じでした。

 

しかし、私はその会社に一生いるつもりはありませんでした。

 

できて5年ほどの会社で、50人規模では将来が不安でした。給与水準も低く将来上がる望みもありませんでした。役員でも年収600万ほどでした。何より長時間労働を強いられました。週に3日はカプセルホテルに泊まっていました。ホテル代は自腹でした。若いうちしか勤まらないのは明らかでした。

 

正社員になると同時に、就職活動を始めました。

 

今度はなぜか、いい線まで行く会社が結構ありました。

役員面接まで行った会社が2社ありました。しかし、内定は出ませんでした。

 

秋になりました。私は少し焦っていました。すでに10社以上の面接を受けていました。

 

意を決して、新卒で入社した大企業時代にお世話になった方に連絡を取ることにしました。

その会社に戻るのは無理ですが、グループ会社なら何とかなるのではないかと思ったのです。その方から、日時指定で自分のオフィスまで来るように言われました。

 

しかし、その指定日時にはお客様とのアポが入っていました。

 

 

さて、その頃、私の職場には「Aじいさん」と呼ばれる、日本でもトップクラスの音響メーカーの営業部長まで上り詰め、定年退職後に移ってこられた方がいました。私の会社では一担当者でした。

 

Aじいさんは非常に男気のある方で、自分がおかしいと思ったことは全て口に出すタイプでした。私の会社は新興のIT企業だったので、日本でトップクラスの音響メーカーとは何から何まで違ったのだと思います。うるさいやつだと、次第に周囲から疎んじられるようになっていました。

 

また、脛に傷を持つ人の集団であることが、Aじいさんにはマイナスに作用しました。定年まで勤め上げた元営業部長のAじいさんは、エリートだとみなされたのです。

 

ただ、私はAじいさんと不思議にうまが合いました。Aじいさんにパソコンを教えたりしていました。Aじいさんも色々とアドバイスをくれました。

 

お世話になった方の指定日時にお客様とのアポが入っていた私は、思い切ってAじいさんに、私の代わりにお客様に行ってくれないかと頼んでみました。私の身の上を心配してくれていたAじいさんは「分かった、俺がなんとかする。ヒデボーさんはお客に行ったことにすればよい。」

と快く引き受けてくれたのです。

 

本当に有難かったです。涙が出そうでした。

 

私は、Aじいさんのおかげで、新卒で入社した大企業のグループ会社に入社できたのです。

 

あのとき、Aじいさんが引き受けてくれなければ、入社できなかったと思います。

 

(次回に続く)

 

(前回から続く)

 
「ヒデボーさん、私も一緒に買いに行きましょう。私が無理やり買わせたことにすれば良いのです。その後ヒデボーさんのご自宅まで行って奥さんに私から話します。」
 
家内には頭が全く上がらなかった当時の私には、渡りに舟でした。
 
O君の話に乗る事にしました。
 
何回かO君の手ほどきを受け、何とかパソコンを使えるようになりました。元々メカが嫌いではない私は、その後は自分でドンドン使うようになり、色々なことができるようになりました。
 
そんなある日、ある新興のIT企業がアルバイトを募集しているのを知りました。いつも見ていたメルマガなのですが、なぜかその求人広告だけ、頭から離れませんでした。コールセンターで電話でお客様にパソコンの使い方を教える仕事でした。
 
パソコンに自信を深めていた私は応募することにしました。アルバイトでもなんでも、なんらかの職務経験を積みたかったのです。
 
私は38歳になっていました。
 
ラッキーなことに面接官とウマがあい、採用されました。
 
コールセンターに4日ほど勤務しましたが、営業経験が記載された私の履歴書が営業課長の目にとまり、5日目から営業をやることになりました。アルバイトといってもフルタイムでしたし、新興のIT企業なので融通は利きました。
 
入社4か月目には正社員になりました。約8年ぶりに社会人として復活することができたのです。
 
教訓その④
ちょっとした人の縁が大事
 
私が社会人に復活できたのはパソコンが使えるようになったからです。パソコンが使えるようになったのは後輩のO君のおかげでした。彼との出会いがなければ、私は社会人として復活することはできませんでした。彼と出会わなければ、そして彼がパソコンを買うきっかけを作ってくれなかったら、今頃どうなっていたのか、と思うと本当にぞっとします。彼には心の底から感謝をしています。いくら感謝してもしきれないと思います。
 
でも、そんな彼とは今は連絡をとっていません。連絡先も分かりません。喧嘩したわけではありません。自然にそうなっただけです。彼と交流があった期間は私の人生の中で、ほんのわずかの間だけです。でも、自分の運命を良い方に大きく変えてくれました。彼のことは一生忘れません。
 
ほんの小さな出会いを大事にするかどうかで、人の運命はがらっと変わることがあります。
 
さて、正社員になって半年後、私は小さな出会いがきっかけで、人生が大きく変わるという2度目の体験をすることになります。
 
(次回に続く)