指導に関するお話しです。
それ以前に確実に理論を理解しているはずです。
ではなぜ、感覚表現するのか?
理論からの指導ではカラダがその理論に適った感覚を感じることが難しくななるので、
理論を感覚表現する、
ということなんじゃないかと思います。
長嶋監督の、
「ガーッと球がきたら、バシッと打つ」
ブルースリーの名言には、
「考えるな、感じろ」
ていうのがありますね。
私の水泳の恩師、
金田平八郎先生もまた、
「ぐーッと腰を上げて、クッと止め、キュッキュッとローリングする」
という表現で私は泳ぎの技術を習得しました。
そして、その感覚表現をものにできる人だけが技術向上するとも、思います。指導者が言っていることをできる人とできない人がいます。
そして、またできる人の方が圧倒的に少数であることも間違いありません。
ただ、できないとしても、少しでも感じることができたなら、自身の技術は確実に向上します、どんな方でも。
私も、もちろん感覚派なので、
こんなことを文章で書いているだけでも、カラダの感覚や本能が鈍る気がしてしまいます...
頭が理屈を言い始めると、感覚は鈍ると私自身は感じています。
理論だけで指導する指導者は、
もしかすると実は、
その理論に適った感覚を自身が理解していない、または、感じたことがないかもしれません。
本や資格取得の勉強だけで指導している、または、教えたがりの素人さんに多い気がします。
その動きをカラダで体感したことがあるからこその、感覚表現なのです。
そこがわかるかどうか、
なのです。
「ガーッと球がきたら、バシッと打つ」
この言葉をきいた時、
よし、やってみようじゃないか、と即座にやるのか、
「ガーッ?バシッ?その時の構え方は?立ち方は?バットの位置は?」
↑この方は、感覚を掴むことは難しいと思います。
前者になれば、道は開けます!
宮塚英也のフェイスブックで、
宮塚英也は理論派なのか?
感覚派なのか?
面白く論議されていましたが...笑