果てた夢? | 那須塩原の女性起業家

那須塩原の女性起業家

那須塩原市(旧黒磯市)にて34歳で起業。2人の息子を育てながら”スポーツ・フィットネスで心身ともにずっと健康”をテーマに会社経営に邁進、50歳を機に会長に就任。栃木県初の女性専用フィットネスクラブ「ビーライン那須塩原店&2号店」などを15年間経営。

仕事がたんまりで夜更かししている金曜の夜。
たまたまついていたBS1の番組。
「為末大が読み解く!勝利へのセオリー」。
今日はトライアスロン、チームケンズの飯島さんだった。かつてはレース会場でよくお会いした方でもあります。

国際レースの映像を見ていると、昔追いかけた夢のことを思ったりする。

オリンピックに出たかったなぁ。

はじめて夢見たロサンゼルスオリンピック。
当時私は水泳選手でした。
中学2年の夏、日本選手権5位入賞で見えてきた翌年のロサンゼルスオリンピック、14歳、夢に届かず。

それから12年後、26歳でまた夢を追いかけました。懲りないなぁ。

4年後の2000年、30歳。
日本選手権3位。
優勝者が海外の招待選手だったので、日本人では2位。しかしながら、シドニーオリンピックの夏だったというカラクリです。
それが私の最後の公式競技歴。
ひつこい女ですが...懲りずに
2004年のオリンピックを目指すつもりでした。

でも、
私は2001年に結婚したのです。
日本で一番有名なトライアスロン選手と。

長男を授かり、主人がまだ現役だったこともあり、私の一つの夢は終わりました。
そのことを実はかなり長い時間、引きずって生きていましたが、折々のタイミングで気持ちにケジメがつくものなので。

主人の引退の年となった2002年の宮古島大会。
当時37歳だった主人が、日本人1位の成績を残してくれた時。私はサポートで良かったのだと思いました。

そして、母になり、
起業して。

こうして思ってみると、
そんな道を歩んだからこそ...

だからこそ2人の大切な男の子に恵まれ、
なぜか、女性起業家としてかれこれ10年、
自分が大好きだといえる今があります。
最高だと思う子供達がいます。

あのまま私が競技を続けていたら、
例えばオリンピックに出場できていたとしても、
今の自分も
今の環境も

ないなぁ。

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