(心は(私は)身体を、人生を、自分で設定してこの世に生まれた。(3)の続きです)
「せっかく生まれたのに、何もしないまま、人生が終わってしまった」
そうあの世で思った心A。
生まれる前、人生(ストーリー)を設定したときはその人生で経験すること、出来ることを(絶対的な愛やそれに基づく個性を表現することを)とても楽しみにしていたのに、そうしたことがほとんど出来ずに終わってしまった人生を、「自分は絶対的な愛だ」と少しも気づけなかったことを悔やみます。
安定した生活のために生きて、お金のために生きて、批評批判ばかりをして生きて、陰口ばかりをして生きて、差別やいじめ(自覚のない)をして生きて、身体の欲求を満たすことのために生きて・・・・・。(詳しくは身体のまま生きるとどうなるか。を参照下さい)
相対的な愛のもとに人生を送ってしまったことに。
結局のところ、自分が設定した身体をコントロールすることが出来なかったために生まれる前に自分が作成した人生ストーリーを生きることが(ほとんど)出来なかった。
心Aはなぜそうなってしまったのかわかっています。
その人生を生きる上で足りないことがあったことをわかっています。
それは、
* 情熱と意志
* 挑戦
情熱は心が持つ、絶対的な愛やそれにもとづく能力を表現したい、その能力を成長、進化させたいという思いです(身体にはそうしたものがありません。それに似たものに身体には「囚われる」や「思い込む」という思いがあります)。
そして情熱を、身体をコントロールする力(今にあること)に、絶対的な愛やそれにもとづく能力を表現する力に変えるのが意志です(意志もまた心が持つ思いです。身体にそれはありません)。
※ 情熱と意志については羨ましいと思うのは、嫉妬するのは誰か。 情熱と意志について。
を参照下さい。
挑戦は人生(ストーリー)を生きる上で最も必要な思いです(やはりこの思いも身体にはありません)。
どの心も、どのような人生ストーリーであっても、その思いを行使しなければならない場面がいくつも設定してあります。
それをしなければ生きるべき人生を生きることが出来ない、絶対的な愛やそれにもとづく能力を表現することが出来ない、あるいは出来たとしてもそれを成長、進化させることが出来ないようになっています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
多くの方に読んでいただきたいと思っています。
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