トランプとマスクがケンカをしていた。

 という字面だけ見ると、風邪を引いたスペードのキングが不機嫌そうに不織布のマスクを床にたたきつける、といったイメージが思い浮かぶが、もちろんそんな話ではない。

 

 アメリカ大統領と、世界有数の実業家。

 いい大人が、SNSでののしり合いをしているのを見るのは、じつにおもしろい。

 

 かわいそうなのは、必死で収めようとしている周辺の人間たちだ。

 さすがに大統領にはかなわないと見えて、執筆時点では実業家のほうが「後悔している」というコメントが流れてきたが。

 

 それらの動向に合わせて、派手に動くのがテスラの株価。

 昔取った杵柄で、なんとなく眺めながら分析してみた。

 

 

 私はトレーダーとして、10年弱ほど過ごしていたことがある。

 もっぱら為替だったが、CFDやオプション取引にもちょっとだけ手を出した。

 

 勝ったり負けたりだったが、おかげさまで生涯成績はプラスで幕を引けた。

 目標額に達してFIRE──というわけにいかなかったのは、取引額のプレッシャーに精神が疲弊して、壊れたからだ。

 

 そのリハビリで現在、田舎暮らしをしている。

 金融取引に手を出すつもりは毛頭ないが、経済ニュースやレートのチェックは癖づいてしまっていて、なかなかやめられない。

 

 

 というわけで、テスラの株価だ。

 カリスマ的な経営者、イーロン・マスクの一挙手一投足に合わせて、株価も乱高下の様相を呈している。

 

 そもそも去年から、いわゆるトランプラリーで最高値へ、数週間で倍近くまで上げた。

 その後、1日で15%も下げるなど、投げ売りがつづいて結局は半値以下までもどす。

 

 直近のトランプとのケンカ沙汰では、1日で約20兆円が吹き飛んだ、と話題になった。

 これをおもしろいと言わずして、なんと言うか。

 

 

 さて、私が仕事をもらっている会社の社長も、じつはオプション取引をやっている。

 去年はかなりの利益が出たようだが、ことしは「ひどかった」らしい。

 

 マグニフィセント7を中心に、オプションを売っている。

 なかでもテスラ(というよりも直近のトランプラリー)にはやられた、と嘆いていた。

 

 オプション取引とは、基本的に株価乱高下のリスクをヘッジする取引だ。

 社長がやっているのはコールオプションの売りで、現物で買った株にプレミアムを乗せて売っている。

 

 各種金融派生商品を毛嫌いし、現物株の長期保有しかしないことで有名なかのウォーレン・バフェットも、オプションの売りだけは合理的だと認めていたという。

 そのくらい「固い」取引なのだが、テスラのようにジェットコースターのような値動きをされた場合、それなりのリスクを伴う。

 

 

 直近の下げたタイミングで、テスラを買えというサインが出たらしい。

 大きく下げているタイミングなので、サインの意味は理解するのだが、私は「やめといたほうがいいですよ」と言った。

 

 もしかしたら買ったほうがいいのかもしれない。

 が、その合理的判断をさまたげたのが、私の人間としての「心情」だった。

 

 端的に言って、私は「嘘つきが嫌い」だ。

 どちらかといえば民主党よりも共和党を支持している私ですら、ゆえにトランプのことは大きらいだ。

 

 昔は、壮大な夢を語るイーロン・マスクのことが、きらいではなかった。

 だが2022年あたりから、大きらいになった。

 

 

 ツイッターの買収で、資金が必要になった時期だ。

 それまでも「売らない」とは言っていたはずだが、現金を調達するためやむなくテスラ株を売ったところまでは、まあいいとしよう。

 

 4月に「株の売却は今後予定していない」と明確にツイートした、その同じ年。

 売却をやめた気配はなく、12月半ばの36億ドルを含め、累計400億ドルの株式を売却した(うち売らないと宣言したあとに売ったのは150億ドル)。

 

 これは明確な「ウソ」だと思われる。

 その責任について、どこまで問えるかはわからないが、信義の問題として許しがたい。

 

 ツイートした瞬間には、ホントにそう思っていたのかもしれない。

 そのとき思ったことを書いただけなら、それ以上の責任は問えないかもしれない。

 

 瞬間の気分を書くのは自由だし、未来について約束した覚えはない、と言われればそれまでのような気もする。

 たった数か月の未来すら関係ないね、と平然と無視できる「性格の問題」だ。

 

 

 たしか彼の発言をめぐっては、「投資家を誤導した」として集団訴訟が提起されていたような気がする。

 判決がどうなったかは追えていないが、当時の報道を見たとき、私は怒りよりも呆れに近いものを感じていた。

 

 SECの規則では、公開企業とその幹部は投資家にとって重要な意味をもつ可能性のある情報について、正確に開示することが義務づけられている。

 残念ながら、企業がどのようにそれを行うべきかは具体的に規定されていないが、私にとって彼の態度は「詐欺」だと感じられた。

 

 実業家として、気宇壮大な大風呂敷は、まあいいとしよう。

 売らないと言っておいて売るのは、明確にダメだろう。

 

 ママのお財布からお金とったでしょ、ボクとってないよ!

 という、すぐバレるクソガキみたいなウソは、未成年のうちに卒業すべきだ。

 

 

 言い換えれば、すでに当時から、その後の彼の行動は予想されていた。

 世界の環境と未来のために電気自動車を普及させようとする一方、「掘って掘って掘りまくれ」と言うような大統領を支持する。

 

 幻滅する人間が増えるのは当然だ。

 それでもマスクを支持する人々と、見限った人々による買い増しと売り浴びせ。

 

 テスラの株価の背景に、そのような構図を読み取って眺めると、じつにおもしろい。

 言論の自由、対中姿勢、環境・エネルギー問題、文化戦争など、掘り下げるべきテーマはいくらでもある。

 

 それらを織り込んで売買したら、勝つ可能性は増えると思う。

 まあ、そうまでして金を転がすくらいなら田舎で野菜でも転がしているほうがいい、という境地に、いまの私は達しているわけだが。