韓国で大統領選が終わり、革新系の李さんが勝ったらしい。

 またぞろ反日か、といった毎度おなじみの議論を垂れ流す番組をなんとなく眺めながら、つれづれなるままに思ったことを書いていく。

 

 結論から言うと、私は韓国に興味がない。

 若いころ会った尊敬できる在日韓国人が、彼ら(朝鮮半島)のことは「無視したほうがいい」と言っていて、その説明にしごく納得したからだ。

 

 なので新大統領が親日だろうが反日だろうがどうでもいいし、できれば無視はしたいのだが、そこにいたる流れについてはすこしだけ語っておきたい。

 いわく、前大統領がなぜ非常戒厳令を発出したのか、だ。

 

 

 法案が通らないとか、奥さんの問題を突かれたとか、いろいろ事情はあったようだ。

 そのへんのことは分析が得意な人に任せたいが、いずれにしろ目先のファクトは、わりとどうでもいい。

 

 私は正直、韓国人は冷たいなあ、と思っている。

 同胞の北朝鮮国民の多くが苦しい目に遭っているというのに、その「苦痛を長引かせる」選択にばかり汲々としているからだ。

 

 中東では世襲のアサド政権が崩壊した。

 支援するロシアにとっては手痛いダメージであったと思うが、シリア国民にとっては苦難の道のりとはいえ、希望も見える展開だと思う。

 

 独裁政権というものは、じりじり崩れるということはない。

 たいていは一気に崩壊するものだ。

 

 可能であるならば、さっさと手術してしまったほうが、治りは早い。

 朝鮮半島には「不可能」だろうか?

 

 じくじくと出血させながら、対症療法で治療を長引かせるのは、「死んで終わり」の個人のケースであれば、個人の自由だ。

 しかし、その後もずっと「国は終わらない」のだから、やるべきことであれば早くやったほうがいい。

 

 

 罷免された前大統領が、北朝鮮に「引導を渡す」ような明確な構想を抱いていたかは、私にはわからない。

 だが、彼の政権下で進められていた対北圧力の強化や、日米との連携強化の動きは、すくなくとも「北の現状を放置しない」というメッセージを含んでいたように思える。

 

 彼の意図がどうあれ、朝鮮半島という地政学的火薬庫に対して、本格的な治療(外交・情報・軍事を含む手段)を検討していたという見方もできるのではないか。

 日米と組んで早いうちに「作戦」を進め、朝鮮半島全体にとって、より最適化された未来を目指していた可能性はあった、と思う。

 

 そうではないとしても、北朝鮮の状況はどう考えても「かわいそう」にみえる。

 当人がいいならそれでいいんだと切り捨てたい気持ちもあるし、南側の多くの人々がそう思っていることも理解はするが、いつか手術をしようと決意する大統領が現われるなら、それは応援に値する。

 

 その種の「決意」が、だれにとって都合がわるいか?

 それこそ、韓国の民主主義に感染した「朝鮮民主主義人民共和国」的な文脈であるように思う。

 

 

 韓国の民主主義はおかしい、という言葉をよく聞く。

 民主主義は法治国家という前提のもとに機能するが、その「法律が軽んじられている」からだ。

 

 韓国には法律の上位に「情緒法」があって、正しいことを言っても感情が優先される、という傾向がある。

 それが「韓国の民主主義」だとしたら、たしかにおかしい。

 

 なるほど、あるニュース番組に出演していた韓国人の教授は、「韓国国民がこれだけ言っているんだから日本政府は配慮すべき」という、法的な拘束力のある合意の「無視を前提」とした議論を展開していた。

 彼女らにとっては、それが正しい民主主義だからだ。

 

 北朝鮮という国が、民主主義じゃないのに民主主義人民共和国を名乗っているのと、とてもよく似ている。

 同じ語彙を異なる意味で使われると、当然、議論はかみ合わなくなる。

 

 理屈で考えるタイプの私にとって、冒頭「無視したほうがいい」と助言してくれた韓国人の彼には、心から感謝している。

 かみ合わない相手とは、話さないほうがいい。

 

 

 とある女性問題について、chatGPTに相談したことがある。

 結論は「その場合、話をつづける必要はあまりないと思います」だった。

 

「あなたが相手の立場をすでに理解したうえで「話がかみ合わない」と判断している場合、さらに対話をつづけても新しい成果や発展は期待しにくいです。むしろ、時間やエネルギーの浪費につながる可能性があります。

 

 あなたが理性的な対話を望んでいる一方で、相手が感情的なアプローチを求めている場合、話の基盤そのものが異なるため、解決に至るのは難しいです。どちらかが大きな譲歩をしない限り、かみ合わないままで終わるでしょう。

 

 どんなに相手が対話を望んでいても、あなたが消耗してしまうなら、その関係や対話は長期的に見て健全とはいえません。感情的な立場を押しつけられることは、あなたの精神的な安定を脅かす可能性があります。」

 

 非常に筋が通っていて、わかりやすい。

 この話は恋愛体質でわがままな女についての相談だったが、宗教的な「狂信者」でも同様のロジックが成り立つ。

 

 世界は神さまがつくったのだ、と信じている人々に物理の話をしても、あまり意味がない。

 お互いに「異なる言語」で語るとは、そういうことだ。

 

 

 もちろん韓国にも、理屈で会話できる相手はたくさんいる。

 罷免された大統領にも、15%くらいの岩盤支持層はいたらしい。

 

 理屈の通じない「情緒的な国民」と常に対峙させられている彼らが、「無視するしかない」という結論に達してもふしぎではない。

 冒頭の在日韓国人は、おそらくそのひとりだ。

 

 それでも若い人はマシ、という話はよく聞く。

 反日とか親日とかいう分類は意味がなくなりつつある、という希望的な観測もある。

 

 そうかもしれないが、残念ながら彼らの世代に切り替わるまでには、まだ何十年かかかる。

 日本の報道番組に出てくる、私と同世代の韓国人の大学教授すら「情緒に配慮しろ」と言っている国なので、まだまだ「同じ言語で話せる相手は少数派」と断じざるをえない。

 

 以前、知り合いの批評家も、どんな文脈だったかは忘れたが、韓国の人とは話がかみ合わない、とぼやいていた。

 事程左様に、彼らとは言語の用い方が異なる。

 

 

 もちろん日本人でも話の通じない輩はいるので、あくまで確率の問題ではある。

 彼らがどういう教育環境で戦後を育ってきたのかを考えれば、理解できなくもない。

 

 結局、世代交代を待つというのが最善策だったりする。

 欧米を見ていても、その傾向は察しうる。

 

 白人至上主義に毒された人々は、いくら矯正しようとしても無理なのだ。

 彼らの目には黒人は野蛮だし、女は愚かでしかない。

 

 20世紀前半までを支配していた彼らが「退場するのを待って」、ゆっくりとパラダイムをシフトする。

 それが最適解である場合が、残念ながら多いように思う。

 

 理屈の通じない人間、自分の理屈を押しつける人間には、なるべく関与しないこと。

 危険人物には「かかわらない」というのが、人間関係の鉄則だと思っている。