定期健診にいってきた。
 歯科医の定期健診だ。

 日本人の受診率、たったの2%という選ばれし民のひとり。
 ちなみにスウェーデンは90%、アメリカ80%、イギリス70%が受けているらしい。

 ことさら歯を大事にしているから、というわけではない。
 詰め物が取れたので受診し、その後なんとなく定期健診も受けるようになった、というだけの話だ。

 べつに歯医者が好きというわけでも、定期健診を勧めるわけでもない。
 ただ、2000円くらいできれいな歯になれるので、コスパはいいような気はする。


 話は変わる。
 最近、よく世界史のチャンネルを見て学び直している。

 以前、中国史の三大悪女についてイジってみたが、今回はヨーロッパ。
 神聖ローマ帝国という、わけのわからない国について。

 受験のタイミングなどで、名前くらいは聞いたことがある方も多いだろう。
 現在のドイツあたりを中心に、1000年ほどもつづいた長寿の国だ。

 この神聖ローマ帝国。
 じつのところ「神聖」でも「ローマ」でも「帝国」でもない。

 「神聖」というのは、ローマ教皇のお墨付きをもらっているというだけのことで、べつだん聖地があるわけでも、聖人にゆかりがあるわけでもない。
 そう呼ばないことには、宗教色があまりにも足りないから、しかたなく名乗っている。

 もちろん「ローマ」ではない。
 一部でもイタリアに領土があるんだろうな、と思ったら大きなまちがいだ。

 帝国?
 まあ多数の国を統合するという意味では帝国なのかもしれないが、それにしても皇帝に権威がなさすぎる。

 現在でたとえればアメリカ合衆国のようなもので、各州がそれなりの力を持っていて、大統領がそれを統括する──とは言い条、皇帝には大統領ほどの権力はまったくない。
 あまりにも権力がなさ過ぎて、皇帝がイジケるレベルのなんちゃって「帝国」だ。

 ある意味、北朝鮮のほうがマシ、という稀有な例のひとつである。
 北朝鮮の正式名称は、朝鮮民主主義人民共和国。

 言うまでもなく、どこが民主主義なのかわからない。
 君主制の代表的システム「世襲」だから、人民の共和国でもない。

 しかし、朝鮮ではある。
 全部まちがっている神聖ローマ帝国に比べれば、2文字だけは真実なので比較的マシではあると思う。


 さて、歯医者に話をもどそう。
 私自身のコミュニケーション力の低さが、対人関係を露骨に悪化させる例だ。

 20年以上も昔、詰め物が取れたので歯医者に行った。
 親知らずも痛かったので抜いてもらうなど、2か月くらい通ったと思う。

 なかなかいい先生で、会話も弾んだ。
 私自身、まだ小説家を目指してよく本を読んでいた時期だったので、アカデミックな話が弾んだように記憶している。

 たしか古代ローマの話をしていたのだと思う。
 アレキサンダー大王とか初期キリスト教のころ、ロマンがありますねえ、などと。

 そこで先生、ちょっとした失言をした。
 私もスルーしておけばいいものを、「いや神聖ローマ帝国はドイツでしょ」と、やや品のないツッコミをしてしまった。

 先述したとおり、ローマなどと名乗っていても、イタリアとはなんの関係もない。
 先生、すぐにまちがいに気づいたが、その後、なんとなくいやな雰囲気になった。


 とりあえずその日で治療も終わり、歯医者には行かなくなった。
 さらに数年後、また詰め物が取れたので、別の医者に行った。

 そこでドクターが驚いていた。
 前回の最後の治療で、歯と歯の間に詰め物をしたのだが、それを「切り離していなかった」らしいのだ。

 つまり2本の歯がくっついたまま、数年間、暮らしていたことになる。
 恥ずかしながら、まったく気づかなかった。

 じっさい、くっついていたからといって、とくに支障はない。
 むしろ歯間掃除の手間が省けていい、という見方もできる。

 歯を「ブリッジ」、つまり「つなげて」使用するような治療もある。
 実用上の問題は、たしかにない……が、ふつうは切り離すもののようだ。

 それをつなげたまま、治療を終えたドクター。
 どうやら最後に、なかなか害のない報復をしてくれた。


 ふりかえればいい思い出……でもないが、まあさほどの害もない。
 私自身、あまりひとを小ばかにするような物言い(そのつもりはなかったのだが)は、厳に慎んだほうがいいという教訓にしている。

 言うまでもないが、私はなにも知らない愚かな人間だ。
 そんな私が他人をバカにするなど、おこがましいにもほどがある。