静岡の知事が、リニア新幹線を妨害している。
 そんな話題が数年前から、ちらほらニュースサイトのヘッドラインに乗ってくる。

 興味本位で、たまにクリックする。
 じつにおもしろい……。


 最近たまたま、おもしろい表現を見つけた。
 知事は会見で、少数の「消極的」な「少数派」の意見として、水を「戻す」ことを「しない」という考えに「反対」は「しない」という地域の声を紹介した。

 否定的な表現がくりかえされすぎて、もう肯定しているのか否定したいのか、よくわからない。
 一読して、これがどっちの味方かを理解できた人の読解力は、すばらしいと思う。

 工事のときに流れた水を「戻」せ、というのは静岡県知事の要求だ。
 それを「しない」のは、JR東海にとって有利だろう。

 それに「反対」するとしたら知事の味方だが、反対を「しない」のでJR東海の味方なんだと思う。
 この意見を、知事が「消極的」な「少数派」の意見として紹介していた。

 ええと、つまり……わかりません。
 要するにこの知事は、自分に都合のいい意見、情報を伝えること以外に興味はないんだな、という部分だけはなんとなく理解した。


 工事で出た水をもどせ、調査のボーリングも許さない、と騒ぐ「県」の知事。
 そんな水、もどさなくていいから早く調査を進めて、と「地域」の首長が反旗を翻した。

 県と市町村。
 いわゆる「ねじれ」だ。

 ある記者が、知事はいったいだれを代表しているつもりなのですか、と問うた。
 すると知事、なんと「国民の総意だ」などと答えていた。

 思わずアプリゲーム「ぐんまのやぼう」を思い出した。
 日本や世界、果ては宇宙まで「ぐんまけん」に変えようという、シュールなゲームだ。

 ゲームならいいが……この知事やべえな、と一瞬思った。
 まあ、よく読むと主語が「南アルプス」だったりするので(それもどうかとは思うが)、結局なにも言っていないに等しい。


 言語明瞭意味不明瞭、という言葉がある。
 発音や滑舌はいいが、なにを言っているのかよくわからない、という意味だ。

 歴代の首相では、竹下登氏についてよく言われた。
 はきはきと発言するが、全体の意味がつかめない、つまり野党に言質を与えない。

 そうなると当然、あまり「まともな議論」にはならない。
 それぞれ重要視するモノの優先順位が異なるので、片方の当事者が「議論したくない」と思えば、まあそうなるのもしかたない。

 自分の意見を通すためには議論などしてはいけない、大きな声で叫びつづけろ、というやり方の思想集団も事実ある。
 反対した時点で取り囲み糾弾、総括するような組織は、戦後の日本では左派に多かった。

 最近では、共産党の新党首が異論をつるしあげてパワハラだ、という騒ぎになっていた。
 自由主義陣営にとってはパワハラでも、権力を「集中」することが正義の共産主義陣営にとっては、あくまで平常運転なのだろう。


 都道府県の「保守」「革新」の勢力図を参照する。
 知事と県議のバランスなどもあるが、とくに沖縄県は「革新王国」として有名で、静岡県もどちらかといえばそちらに寄っている。

 現在の知事も、当時の民主党の支持を受けて当選した。
 多数の失言などにより、県議会の自民党会派とは対立している。

 政治の本質は、利益誘導である。
 この前提で静岡の顛末をとらえると、非常にわかりやすい。

 まず人間の本質として、理屈ではなく利益を優先する人々は、実在する。
 その場合、全体的に理屈に合わなくても、自分的に利益の出る事業の誘導を最優先することになる。

 左はこのへん下手で、右ばかりが利益を吸っている。
 いきおい右派が強化され、左派はシュリンクせざるを得ない。


 たとえば保守王国である群馬では、みごと「秘境駅」を生み出すことに成功した。
 どう考えてもマイナスのほうが多い、あまり必要のない駅だ。

 地域住民の私ですら、興味本位で一度しか使っていない──安中榛名駅。
 なぜなら高崎駅か、なんなら軽井沢駅を使ったほうが、はるかにマシだからだ。

 この、人口密度ほぼゼロの山のなかに駅をつくる……という、ばかばかしい計画が私の住む安中市では実現している。
 一方、空港絡みの街づくりで、「いずれ必ず駅ができます」とぶちあげた静岡の知事は、JR東海などの抵抗で進んでいない。

 一部の人々を除いて、マイナスしかないだろう駅をつくること。
 相互の力関係にもよるのだが、それができやすい県と、やりにくい県はあるようだ。


 利益誘導政治家としては、つくってもらわなければ困る。
 たとえ「国民」が損をするとしても、自分たち側の「事業者」が得をすればいい、という考え方の人々にとっては目先の利益こそがすべてだ。

 「地価が上がります」と断言してしまった知事をはじめ、静岡県の利害関係者が大騒ぎする、空港新駅。
 知事自身、新幹線の駅で「岐阜羽島というところがあるが」と、成功した案件を引き合いに出している。

 群馬県の安中榛名駅と同様、岐阜県の政財界が強く要求してつくられた「政治駅」として有名な、岐阜羽島駅。
 保守の政治家が動けば、こういうこともできる。


 リニアつくらせてやるから、空港新駅つくれよ。
 このふたつをバーターにしているつもりの利害関係者にとって、応じないJR東海は断じて許せない。

 だから、どこまでも「JR東海のリニア」に、いやがらせをする。
 やめてもらいたければ、駅をつくればいい、簡単なことだ。

 そのために重要な看板「自然保護」だが、自分を「南アルプス」になぞらえる知事が、リニア関係以外で環境に配慮している姿は、あまり見受けられないという。
 まさにわかりやすい、これが「政治家」の姿だ。

 県議から「悪徳不動産屋」などと揶揄されることもあるらしいが、政治家が悪徳じゃなくて、だれが悪徳なのか。
 彼に必要なのはただ、なぜ自分が失敗しているのか、冷静に顧みる時間だけだろう。

 静岡県を見ているだけで、いろいろな「政治」の態様がほうふつされておもしろい。
 「静岡劇場」──これからも楽しみにしている。