確定申告の時期になった。
引きこもり低所得者の私にとっては、一瞬で終えられる簡単なお仕事だった。
早めに半分FIREして、死なない程度に生きている。
ミニマリストの帳簿は、ほんとうにシンプルだ。
さて、私は経理をしているので、赤字が▲であることには慣れている。
慣れてはいるが、たまに観る麻雀の点数表示で、プラスの側は「+」なのに、マイナスの側が「▲」であることには、さすがに違和感をおぼえた。
どちらかが「+」なら、もう一方は「-」でいいのでは?
なぜわざわざ財務諸表の表示と、ただの点数表示をちゃんぽんにするのか?
なんとなく、黒字こそが正義、赤字は悪、という世界線を思った。
光の勢力が十字架に守護された神聖教国の軍勢で、闇の勢力は暗黒のトライフォースを掲げる帝国軍、という謎の戦国乱世を妄想して苦笑した。
一般に、決算書の▲はマイナスを、株価は媒体によって異なり、「△」と「▼」でプラスとマイナス、という使い分けが行なわれているところもある。
正直、わかりづらい。
なんの統一感もなく、全体の表示から「察する」しかない。
世界的にも独自のルールで、マイナスを△で表示するのは日本だけらしい。
グーグル先生に訊いたところ、大正時代に税務署が数字の偽造防止のために「△」での記載を指導したことに由来している、ということだ。
たしかに「-」だと、偽造しやすい可能性はある。
ちなみに上向きの▲には、ギリシャ文字のデルタの意味もあるらしい。
数学のΔ(デルタ)は変数、または関数の変量を示す記号だ。
たとえ違和感があっても、この「日本式の表記」に慣れればいいだけの話、というのは理解している。
だが直観を重視する私にとっては、いぜんとして不満が残る。
せめて下向きの三角にしてくれれば、まだ受け入れられた。
成績がマイナスなので「▼」は下を向いているんだな、と。
しかし現実は、上向きの「▲」が「赤字」である。
どう考えても、直観に反しているとしか思えない。
たまたま観ていた航空機事故番組の「ローガンエア6780便」に、とても似たものを感じたので記しておこう。
これは「人間と自動操縦が戦う」という、航空機インシデントのめずらしいケースである。
結論からいえば「設計思想の問題」だ。
経理のルールも同じ、その当時の人間が良かれと思って設定した。
ローガンエア6780便は、機体が自動操縦になっているとき、画面に緑色の「AP」という文字が表示される。
自動操縦が解除された場合、文字の色が「白に変わる」という。
特段のエフェクト、サイズ変更などはない。
言われて見ればわかる程度の差でしかなく、色弱だとパイロットになれない理由は、たぶんこれだ。
……いや、わかりづらすぎるだろ! いやがらせ?
と、まずは突っ込んだ。
番組内の検証班も、不親切すぎる設計だと指摘していた。
緊急事態に見舞われたパイロットが、画面の端に小さく「AP」と表示されている、その文字の色が白か緑かで状況を判断しろというのは、さすがにひどいと。
さらに問題は、事故機のSAAB2000だけにみられる特殊性だ。
なんとこの機体、トラブルが起こってパイロットが強制的に操縦に介入した場合にも、自動操縦が解除「されない」。
──飛行機の安全を保つのは、自動操縦である。
パイロットなどオマケにすぎない、えらい人にはそれがわからんのですよ。
と考えるエンジニアが設計した飛行機では、当然に自動操縦が優先される、ということのようだ。
しかし現在の飛行機の常識では、パイロットが無理やり操縦桿を動かせば、自動操縦は解除されるようになっている。
たとえば高速道路で、自動クルーズを設定しているクルマがあったとしよう。
人間が危険を感じてブレーキを踏めば、その設定は解除され、減速する。
これは常識だが、もしそのような人間の操作に逆らって、走りつづけるクルマがあったとしたら……。
それこそが、まさにSAAB2000という飛行機の設計思想だった。
信念をもったエンジニアが、わが道を行った結果である。
否定はしない。
人間はまちがってばかりいる、ろくでもないやつらだ。
彼らの操縦と自動操縦がぶつかった場合、自動操縦の選択を優先すべきなのだ!
と、この飛行機を設計したエンジニアは信じて行動した。
要するにこれは、人間の判断より機械のほうが信頼できる、というひとつの設計思想なのだ。
一方、現実にほとんどすべての航空機には、なんらかの形による自動操縦の強制解除機能がある。
すべからく、ほとんどのパイロットは、そういう飛行機に乗っている。
あまりにも異なる種類の飛行機の操縦には、別のライセンスが必要とされることもあるが、この飛行機は説明書に一行あるだけで乗れたらしい。
ただし「SAAB2000を除く」と。
説明書を読まないタイプの私にとって、これはかなりやばい事実だ。
これをパイロット側のミスとして追及するのは、さすがに酷ではないか。
たしかに、だいたいの「事故」は人為的なミスで起こる。
だから機械のほうを信頼すべきだと、考えたくなる気持ちもわかる。
人間の判断より機械の判断のほうが正しいことは、航空機においても少なくない。
じっさい異常接近や失速警報などの情報を、コクピットから人間が正確に判断することはむずかしい。
よって設計思想自体、けっしてまちがいではない。
アラームを信じて行動したことで、空中衝突を免れたというエピソードもある。
しかし残念ながら、今回のケースにおいては「設計」が原因となり、重大インシデントを引き起こしてしまった。
安全にかかわる問題で「独自すぎる」のは、やはりまずい。
AAIB(イギリス航空事故調査局)の最終報告書では、操縦桿の操作で自動操縦を解除できないような飛行機には、そもそも型式証明を出さない、という勧告が行なわれた。
妥当な判断だと思う。
▲▼も同じではないか。
大正時代には正しかったかもしれない表示だが、直観に反することによって、かえって物事がわかりづらくなっている。
かたくなに▲を使っている方々に、心から申し上げたい。
せめて赤字(マイナス)は▼にしてくれないかな!
と、叫んでみたところで、しょせん命にかかわる問題ではない。
変わらないだろう……。