世間はクリスマスらしい。
シングルベルに慣れた私が、七面鳥を喰う予定はさらさらない。
クリスマスにはケーキと七面鳥を喰い、コーラとワインを飲む、などという欧米の文化にはまったく共感していない。
とはいえ、マーケティング手法として、宗教的なイベントが利用しやすいことも理解はしている。
クリスマスくらいは肉を喰おうぜ、という宣伝が仏教国の日本人に影響を与えている可能性も、ないとは言えない。
ともかく消費をうながす「商人」の行動原理に、私は批判的だ。
だいぶ昔のことのように思うが、サンタの扮装をしたヴィーガンがKFCのまえで「地球に平和を」とシュプレヒコールをあげていた。
調べ直したところ、2023年のことだった。
野菜「だけ」を食べよう、という共感の得づらい主張を、どうやって効果的にするか。
お肉の店のまえで大々的にやったらええんちゃう? という考えかもしれない。
暴力的な活動をしていたわけではないので、これはこれでいいんじゃないかなと、個人的には思っている。
宗教を利用して肉やイベントを売っているマーケッターと同様、ヴィーガンという宗教も既存のフレームを宣伝に利用しているだけだ。
自分で殺せる生き物だけを食べる。
何年かまえ、当時フェイスブックのザッカーバーグがやっていた生き方だ。
動物を殺して食べることについて、世界中にさまざまな意見がある。
ちなみに私は現在、ほぼ菜食主義で生きている。
自分で殺せない生き物を、食べるべきではない。
これは「倫理」の問題である。
反論として、「現代社会は分業で成り立っているので、携帯電話をつくれないひとは使ってはいけない、と言っているのと同じだ」と強弁するひとがいたが、もちろんそういう話ではない。
携帯電話の製造に参加することは容易だし、さほど気兼ねもなくできる。
目のまえの動物、たとえば生きて動いているウシやブタを殺せと言われてできるか、という話だ。
必要な道具などは与えられるものとする。
さほど気兼ねなくそれができるなら、食べてもいい。
ためらいがあるなら、それを食べるのはやめようという「倫理」綱領。
中型の魚くらいなら、釣ったりさばいたりできるので食べる。
ニワトリの首をへし折るのも、ぎりぎりできそうだ。
しかし大型ほ乳類を、自分の手で撃ち殺すのはためらわれるので食べない。
──そういうシンプルな倫理基準は、それなりに正しいと思われる。
私自身、あまり殺さないようにしている。
田舎なのでよく虫が出るのだが、なるべく捕まえて外に出している。
虫は食べないから、というわけではない。
殺す必要があれば殺すだろう、たとえウシでもクジラでも。
必要がないから、やらない。
野菜中心の食生活で、それなりに満足している。
ただ怖いから殺さない、というのはちがう。
むしろ生き物の構造そのものには、興味がある。
解剖動画などを、好んで観ている。
ネットがなかったころは、テレ東の「臨床科医の皆様へ」を毎週録画して観ていた。
人体がどういう構造になっているのか、もっと学校でちゃんと教えるべきだと思う。
さすがに人間を食おうとは思わないが、他の動物たちと同じ「肉」なんだと理解することは必要だ。
ウシやブタをつぶす現場を見ると、肉の味が変わるという。
その意味を知りもしないで、肉を食いたくない。
われわれは命を消費して生きているのだから、きちんと知る義務がある。
マグロの解体などはテレビでもふつうに観られるので、うまいもんだなあ、と感心しながら眺めることはよくある。
そういうことをきちんと教えないと、パックで切り身になった魚が泳いでいる、などという脳みそお花畑な人間が製造されることになる。
まあ、これはただの都市伝説らしいが。
サイトから警告が出るような動画を、よく観る。
この動画は、一部のユーザーに適さない可能性があります。
どういう理由で警告を出すのか、年齢制限か、あるいは他の基準があるのか、巨大IT企業の考えていることは忖度しがたい。
それぞれの世界に、それぞれの価値観はあってしかるべきなので、頭から否定するつもりもない。
たとえば「外科」という体育会系の世界観。
個人的には、やや違和感があったりもするが、やっていること自体は非常に興味深い。
などと、えらそうなことを書いているが、大型動物の解剖に、リアルに立ち会ったことは一度もない。
医者の知人が解剖実習の話などをしているのを聴いていると、すこしうらやましい。
司法解剖など一度は観たいと思っているのだが、ただの知的好奇心だ。
最初は気分がわるくなるんだろうな、と覚悟もしている。
べつにそういう職業人ではないので、慣れる必要はない。
ただ、なんらかの事件事故によって閉鎖環境に陥った場合に備えて、最低限の医療知識はあったほうがいいと思う。
知恵や知識の少ない人間は、そもそもつまらない。
なにを食うかは自分で決めればいいが、自分が摂取している栄養の意味くらいは、理解して食べたいものだ。