群馬はすべて山の中である。
 と文学的な冒頭から、はじめてみよう。

 島崎藤村が明治維新前後の動乱を描いた名作『夜明け前』──について語るつもりはない。
 今回はなんとなく、私の住む県がどれだけ山の中であるかについて、理系の論法で説明してみたいと思う。


 群馬は関東平野の一部を含むので、厳密にいうまでもなく山の中ではない。
 なんなら住人のほとんどが平野部に暮らしているわけだが、それでも彼らが「上毛かるた」以上によりどころとしているのは、山だ(異論は認める)。

 私のように山に暮らす人間はもとより、平野部に暮らす人間たちすら、大地に立って周囲を見回したとき、いずれかの方向に「山」が見えないと不安になる。
 それがグンマーである。

 いや、べつに群馬の野望について語るつもりはないし、その資格もない。
 私自身けっこう最近まで、自分は埼玉出身だと思っていたくらいだ。

 相続関係の手続きで調べた結果、生まれた病院は高崎市であり、生後しばらく群馬に暮らしていたと知った。
 物心ついてからは埼玉県民だったが、とはいえ県北だったので、最近あらためて私自身のグンマーぶりを自覚しなおしている。


 さて、世界には196の国がある(日本と日本が承認している国)。
 そのなかに「二重内陸国」は2か国しかない。

 外海に出るまでに、2か国以上を経由しなければならない国。
 これを、二重内陸国という。

 クイズにもたまに出るので、おぼえておいてもいいかもしれない。
 正解は、リヒテンシュタインとウズベキスタンだ。

 ヨーロッパの小国であるリヒテンシュタインは、スイスとオーストリアの中間に位置し、人口は4万人。
 隣接するスイス、オーストリア、ともに内陸国である。

 一方、ウズベキスタンは中央アジアの大きな国で、人口は3500万もいる。
 カザフスタン、トルクメニスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン(すべて内陸国)と接する。

 カスピ海は近いが、これは外海にはつながっていない塩湖である(ただし沿岸5か国の協定では「海」と定義される)。
 ウズベキスタンこそ、真の内陸国といっていいかもしれない。


 話をもどそう。
 海に囲まれた島国・日本の47都道府県のうち、海岸線をもたない内陸県は、8つある。

 このうち「二重内陸県」は存在しない。
 ただでさえ少ない内陸県で、さらに二重内陸など、さすがに現実味はない。

 しかし、そのなかでも群馬は、二重内陸県にもっとも近いと思う。
 以下、証明に使っているデータの出典は末尾。

 群馬が県境を接するのは、埼玉、長野、栃木、新潟、福島である。
 このうち、海岸線をもつ新潟と福島に接する県境の距離は、他の3県と接する距離の5分の1にすぎない。

 具体的には、群馬県が他県と接する県境の距離合計、615.7km。
 うち、新潟と福島との県境距離は、126.7km。

 それ以外の県、埼玉、栃木、長野は、すべて海なし県である。
 単純計算でも、県境のほぼ8割が内陸県と接することになる。

 他の県で、ここまで内陸の県はない。
 よって群馬県は、二重内陸県にもっとも近い、日本一の山国といってよい……はずだ。


 これで何事かを証明しようというつもりはない。
 ただ群馬にとって山がいかなるものか、多少は説明できているような気はする。

 最後に、日常の文学でオチをつけておこう。
 ふつうに家で作業をしていると、近所からこんな声が聞こえてきた。

「ヤッホー!」
 …………。

 ……検索エンジンのことかな。
 叫ぶとヤホーが調べてくれる時代になったのかな。

 もしかして、やまびこカモンな呼び声かな、まさかね。
 それは自宅で作業している人間の耳に聞こえてくるべき声ではないよ。

 もっと山奥で言ったほうがいいんじゃないかな、そういう言葉は。
 ……わかった認めよう、ここはもうすでに山奥だ。

 結論。
 群馬のウチは山の中である。



※県境のデータはこちらのサイトを参照。
https://dailyportalz.jp/kiji/saicho-saitan-kenzakai-ehime
国の機関によるオフィシャルな発表はなく、サイトによって県境の距離は異なるので、あくまでも概算。