私は落語が趣味で、定期的に聞いている。
 ほとんど古典落語で、新作はあまり聞かない。

 5人の名人だけを聞いていればいい、という考え方で、とくに志ん生については何度聞いてもおもしろい。
 私にとって最高峰の落語家は、永遠に古今亭志ん生だ。

 が、たまに気分を変えて聞く名人、残り4人のなかに、三遊亭圓生がいる。
 このひとがまた、現在に禍根を残すことをやらかした。

 あらためてウィキなど調べたところによると、どうやら人間関係の悶着が絶えなかった人物らしい。
 落語家としてはまちがいなく名人だが、人間としてはどうか、という評価は多いようだ。

 最近話題になっているのは、この圓生という名跡の襲名問題というやつだろう。
 先日お亡くなりになった円楽さんが意欲をもっていて、世間にもそれなりに知られるようになった。


 正直私は、その手の問題や騒動になんの興味もない。
 感心するような、楽しめるような「芸」を見せてくれたらそれでいいので、周辺の雑音など、できれば耳に入れたくないのだ。

 ゆえに、雑音の出ようがない故人の名人芸をくりかえし、静かに楽しむことをもっぱらとしている。
 が、たまに若手の芸などを配信で聞くことはある。

 古典はどう考えても名人にはかなわないと思うので、聞くときは新作を聞く。
 もしくは枕だけで再生を止めたりするが、悪意はない。


 さて、私が苦手としているその「雑音」について、ちょっと記しておこう。
 長寿番組『笑点』にもかかわる話だ。

 現在、落語界にはいくつかの団体がある。
 そのきっかけとなったのが、落語協会分裂騒動というものだ。

 1978年のことなので、私は生まれていた。
 3歳なのでまったくおぼえてはいないが、圓生と小さんが対立して、圓生が協会から出て行ったという話らしい。

 どちらが正しかったのかについて、私には判断できない。
 当時の状況をよく知らないからだ。

 知りもしないのに、したり顔で偉そうなことは言いたくない。
 が、重要な歴史でもあるので、ウィキに書いてあることを簡単にまとめてみよう。


 会長がすべてを決め、最高顧問に退いても院政を敷く。
 前会長の圓生がやりたかったのは、どうやらそういうことらしい。

 ところが新会長の小さんは合議制を採用し、真打大量昇進という事態をつくった。
 自分が認めなければ真打昇進を許さない、という考えの圓生とまっこうから対立するのは当然だった。

 圓生に率いられた落語家が大量脱退し、その多くは落語協会にもどり、談志も弟子を連れて新団体をつくり、大日本落語すみれ会はなんやかやで円楽一門会になった。
 それ以外にも、落語芸術協会や、上方落語協会といった団体もある。

 こうして現在、プロレスのように団体が乱立するようになって……業界は活性化したのだろうか?
 いろいろな評価はあるが、結局はいい方向に転がったのだろうと思いたい。


 という記事を書くため、あらためて落語界について調べていて思ったことを、最後にちょっと書いておこう。
 女性落語家についてだ。

 ──女が男にかなわんのは、腕力だけやから。
 日本初の女性落語家が、そういうワードを発していた。

 まちがってるな、と思った。
 あえて言うが、腕力以外も、あらゆる部分で男性優位はある。

 逆に、かなりの分野で女性優位もある。
 とくに政治とか商売とか、私の大きらいな仕事については、女性のほうが向いている気がする。


 そもそも眼球があって機能しているかぎり、性差は見ればわかる。
 一定期間、不可避的にさらされるホルモン等の影響を受ける肉体は、その間に得手不得手を精鋭化する蓋然性が非常に高い。

 顕著なのは数学や立体把握能力だが、この明確な性差に言及している「団体」はあまり見かけない。
 趣味嗜好についても、かなりの幼少期から明確に好みがわかれる。

 男女の枠組みを前提として、その差が微妙な分野での差別をなくそうという主張はわかるが、男女には能力の「差がない」ので差別をなくそうと言われると、私は反対する。
 なぜなら、まちがっているからだ。

 明確に、能力の差はある。
 より正確にいえば得意とする能力に差があるのだが、ある種の「活動」や「団体」のイデオロギーに凝り固まった方々には届きづらいワードらしく、採用されることは少ない。

 囲碁は女性にも向いているが、将棋はそうでもなかったりする。
 落語については、むしろ女性のほうが向いているのではないか、とすら思う。


 上述の女性落語家は、露の都という方だ。
 74年に露の五郎に入門、落語家としての修行がはじまった。

 以下、文春オンラインからの引用。
「女が男にかなわんのは、腕力だけやから。今は東西で50人以上の女性落語家がいますけど、最初の8年間は私ひとり。若い時は競争相手が少なく、正直、ぬるま湯やったと思います。今は上方では桂二葉ちゃんなんかが出てきて、競争があって芸を磨く環境が整ってきました」

 奥ゆかしい彼女は、腕力「だけ」しか差がないと主張される。
 たいへん謙虚だと思ったが、それでいいのかなとも思う。

 史上初、『笑点』のレギュラーに蝶花楼桃花さんという方が出演して話題になった。
 とりあえず「年下の落語家」という時点で、もう感心している。

 この蝶花楼さんは、女であることは「プラマイゼロ」とおっしゃっていた。
 かなり的確だと感心した。

 もちろん本記事の文脈に沿った意味ではないのだが、そういうことなのだ。
 男性優位もあれば女性優位もある、そういう「前提」なら支持できる。

 『笑点』の新加入、蝶花楼さんでいいんじゃないかな、と思った。
 多くの支持者の理由とは、おそらく異なるので恐縮だが。