私は頭がおかしいので、頭のおかしいやつら用の番組をよく観る。
江頭さんの番組だが、そこで出演者の汚い部屋を掃除する企画をやっていた。
なかなか汚い部屋だった。
個人的には、すこし懐かしいものを感じた。
手の届く範囲にいろいろある、という状況が落ち着くという気持ちは、わからないでもない。
わからないのは、ゴミを捨てないという部分だけだ。
世の中には「ゴミ屋敷」というものがあるが、極端な人々はゴミを「集めてくる」ので、掃除をせずに片づけない結果として部屋が汚れる、というレベルの話とは異なるだろう。
正直、私もほとんど掃除はしないのだが、部屋は意外にきれいだ。
男なんてこんなもんでしょ、という意見もあったが、それはちがう。
潔癖症の男はいくらでもいるし、汚ギャルという言葉もあるとおり、これは性別ではなく性格の問題だ。
私はべつに潔癖症ではなく、先述のとおり掃除もほとんどしない。
たんに「都度ごみを捨てているだけ」で、まあまあきれいである。
と言ってしまうと、きれい好きの人々からは猛烈に怒られる気はする。
ロボットが掃除してくれないトイレや風呂場は、ある意味、とても汚いからだ。
風呂の隅などだいぶ変色しているが、あまり気にしていない。
自分が使う範囲内はまあまあきれいなのでいいんじゃないかな、と思っている私は、たぶん性格的に部屋が汚くなる要素を多分に含んでいるだろう。
それでも、まあまあこぎれいなのは、なぜか。
あまり物を置かない、というミニマリストのおかげだと思われる。
まず障害物がないので、ロボット掃除機が最大限活躍してくれる。
戸の枠や桟などにはかなり埃がたまっていたりするが、部屋自体は一見すると片づいている印象がある。
大事なのは、やはり断捨離だ。
必要なものだけを置く、という生きざまは、死を意識した瞬間から徹底されてきた。
酒代と本代はケチるな、という文化がある。
新聞社などマスコミ関係ではよくある警句だが、私もこれはけっこう守っている。
酒は消費するので邪魔にならないが、本はそういうわけにいかない。
定期的に処分しないと床が抜けそうになるし、決意してブックオフに持ち込んでも二束三文だ。
そこで図書館の利用頻度は昔から多かったが、最近は近所の図書館といろいろあって足が遠のいている。
で、傾倒しているのが電子書籍だ。
部屋が狭くならないし、邪魔になって二束三文で売ったあと、読み返したいと思って買い直す必要もない。
それは永久に、私の所有するデータとして残るからだ。
いや永久ではない。
いろいろ制約が多いことは事実だが、それでも部屋に本を積み重ねる必要はなくなる。
ところでこの電子書籍には、ちょっと言いたいことがある。
汎用性が低すぎやしませんか? と。
私は何社かの電子書籍を使い分けている。
この時点で、詳しいひとは、ああ、と理解してくれるかと思う。
なにも考えずに各社で買ってしまうと、どこになにがあるのかさっぱりわからなくなるのだ。
そこで、ノンフィクションや一般書はここ、資料はここ、小説やマンガはここ、その他はこのへん、といった感じに買い分けてはいる。
完全に分類はできていないが、問題はそこだ。
「あれは小説だからここのはずだよな、ないな……ああ、こっちで買ったんだっけ」というようなことが、たまに出てくる。
電子書籍のメリットとして、同じ本を買おうとすると「もう買ってあります」と警告してくれるわけだが、会社をまたぐとその意味がまったくない。
ブックリーダーの使い方も微妙に異なり、不便といえば不便だ。
そこで言いたい、統一する、ということはできないものだろうか?
すくなくとも共通フォーマットは、あっていいのではないか?
たとえば、メモ帳としても使えるEinkを使った電子ペーパーがある。
アプリが入れられないので、電子書籍のリーダーとしては使えない。
ところがpdfは読み込めるので、自炊した本は読める。
これは、おそろしい事実だ。
合法的に購入したマンガは読めないのに、違法に入手したマンガは便利に読める。
そういうことなのだ。
私も数年前、社会問題になっていたころ、違法ダウンロードを試してみたことがある。
マンガというものがどのくらい簡単に、無料で手にはいるものなのか……。
これはひどい、と思った。
ちょっと懐かしいマンガを全巻ダウンロードして、対価も払わず読んでしまったことを心から謝罪したい。
さて、違法行為は論外だが、問題は合法側にもある。
先述のとおり利便性が低いのだ。
なぜ金を払うと不便になるんだろう?
どんなリーダーでも読めるように、せめて一括管理できるアプリを出してほしい。
ソシャゲだって、時間が短縮できるとか便利とかいう理由のために、課金に応じている。
課金者が有利になるのは当然なのに、電子書籍に関しては逆だ。
もちろんソシャゲは無課金でも犯罪者ではないが、電子書籍の無課金は著作権法違反という犯罪者になる。
犯罪者と呼ばれるリスクを負ってはいるが、盗人が金銭的に得をするという部分はともかく、「そのほうが便利」というのはさすがに不愉快だ。
ただpdfを読み込むことに特化した野良アプリのほうが、反応が速かったり使いやすかったりする。
このリーダーで読みたい、と思っても、読めない。
法律違反者を追跡、断罪することは当然、やるべきだ。
根絶はできないだろうが、徹底的にイタチどもを追い詰めてほしい。
一方で、合法的利用者に対する利便性の確保は、会社同士で合意形成すればできるはずだ。
本屋同士の利害関係とか縄張り争いこそ、話し合って解決すべきではないだろうか。
これは違法ダウンロードを妨げることにはならない。
しかし「お客さまの利便性」には資する。
いちばん大事なのは、そこではないだろうか?
この問題を乗り越える努力を放棄しているようにみえるところが、なにより腹が立つ。
結論。
自炊すればいい。
個人で購入した電子書籍を、私的利用のために「複製」=pdf化することは、どうあがいても「合法」だ。
個人使用の範囲ならOCRを施すのも適法であることから、より使いやすくなる可能性もある。
これを代行するサービスなどは「違法」だろう。
「使用する者が複製」したわけではないからだ。
不特定多数に転売、アップロード。
論外だ、裁かれてほしい。
一方、顧客の囲い込みに汲々とする書店が、汎用のリーダーやフォーマットを用意してくれる気配もなさそうだ。
有志によるアプリ開発に期待するのも詮無い。
愚痴を言っていてもはじまらないので、もし詳しいひとがいたら、pdf化とOCRのおすすめなやり方を教えていただけると助かる。
やってもらうのは違法なので、自分でやるしかないからだ。
クグレカス?
なるほど、それもそうですね……。
ちなみに5月19日から、国立国会図書館が所蔵する電子データ化された書籍、雑誌、論文など150万点が、パソコンやスマホで閲覧できるようになるらしい。
貴重な絶版本など、図書館に行かなくても見られるのはありがたい。
古典籍資料(貴重書等)などを中心に多くの図書が、すでに閲覧できるようになっている(約55万点らしい)が、私の知能レベルでは、古文書の解読はむずかしい。
絵文書や図解などであれば雰囲気は理解できるので、きょうも楽しませていただいている(pdfでダウンロードできる)。
そういえば世紀の奇書として有名な『ヴォイニッチ手稿』もダウンロードして、しばらく眺めていた気がする。
イェール大学などが公開しているので、興味のあるかたはぜひ。
日曜の昼間から酒を飲みながら眺める、人類の叡智。
本はいいね、人類の宝だよ。