献血の話。
定期的にやっているが、昨今の数回で、ちょっとネタがたまってきたので、そろそろ放っておきたい。
まず「不機嫌なスタッフ」。
なんなのこいつ、という受付の態度に、こちらも合わせてやった話をしよう。
献血へ行くとまず「定番の説明」があるのだが、イラついたような口調で、てきとうに説明する女。
こちらも眉根を寄せ、「……あ?」みたいに返した。
それでビビったわけでもあるまいが、女の態度は多少マシになった。
原因が自分にあることを理解したかは不明だ。
私は基本、相手が総理大臣だろうが場末の店員だろうが、目のまえで示された態度に「合わせる」ようにしている。
横柄な相手には横柄に、ていねいな相手には敬語を使う。
件の受付には、待ってる時間中も適宜、ガンをくれてやった。
すぐ目線を逸らされたが、みずから招いた結果であることだけは理解してもらいたかった。
人間なので、不機嫌なときも、体調がわるいときも、そりゃあるだろう。
それを「出す」なら、相手からも「返ってくる」と知ってほしい。
殺伐とした人間だな、と眉根を寄せられた方も多かろう。
もちろん私も理解している。
これは一般に、とくに宗教的な人間がヒステリックに批判する態度だ。
「やり返してはいけません」「右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい」「裁くなかれ」という理屈は、もちろん理解する、そりゃそうだろう。
宗教者はもっぱら先制攻撃者であって、彼らは反撃なんかしてもらったら、だれより自分自身が最大限に都合がわるい。
俺はおまえを殴るけど、おまえは殴るなよ、なぜならそのほうが、俺にとって都合がいいからだ、いいか、わかったか!
という宗教者のカルマを掘り下げる回ではないので、このくらいにしておこう。
私が言いたいのはただ、不機嫌なのは勝手だが、私にぶつけるな、ということだけだ。
殴られたら殴り返す私以外の、それこそ心優しい宗教者なら、不機嫌なあなたも受け止めてくれるだろう。
その代わり、それなりのお布施を要求されるかもしれないが。
献血するくらいお優しい人間なら、私の不機嫌も受け止めてくれるよね。
知らんがな、好きにすればいいが、ここ以外のどこかでやれ。
一応言っておくと、私はけっして「ヤバいおっさん」ではない。
できれば他人に迷惑をかけないように、ひっそり暮らしたいと思っている。
むしろ「いいことをしたい」とすら思う。
だから献血をしているが、いいことをしているんだから懇切丁寧に対応しろ、などとえらそうなことを言うつもりもない。
ヤバくはないが、やさしくもないおっさん、という評価でよいと思う。
すくなくとも、わるいことをしているわけでもないのに、ナメた態度をされて我慢する気はない(ここ重要)。
あえて殺伐とした物言いをしてしまったが、私は淡々と物事を進めたいだけの人間だ。
相手が仕事に私情を挟もうがどうしようが、さしたる興味もない。
だれでも虫の居所がわるいときはあるだろう。
それを駄々洩れするのは相手の自由だし、こちらがそれに合わせるのも自由だ。
お互いの自由の範囲内で、なんとなく不快さを増した。
きっちりやり返してさえおけば、私には特段の不満もない。
もしかしたら、ツンツンしてるクールな彼女が好き、という御仁も、広い世間にはおられるのかもしれない。
「そういうプレイ」なら応じるのにやぶさかではないのだが、私の場合、残念ながら通常モードでは「倍返し」に設定されている。
くりかえしておくが、やさしさにつけこんで「不機嫌なあたしを受け止めて」という態度だとしたら、相手をまちがえた。
世の中のたいていの人間はそうだと思うが、私もきわめて利己的な「論理」で動く。
やったことは返ってくる。
それは所与のものではない。
われわれ全員が、きちんと「お返しをする」という社会的合意を守ることによって、はじめて成り立つ「安全保障」であるといってもいい。
われわれは淡々と、お返しをしなければならないのだ。
というわけで、献血をすると数値が返ってくる。
自分の健康状態を確認するのに有用だ。
いいことをしたから、いいことが返ってきた。
ともかく「やったことは返ってくる」と信じるためには、自分も必ず「やられたらやり返す」ことが大事だと思う。
さて、基本的に「正常」の範囲で推移しているが、今回は「総蛋白」と「コレステロール」が、ほんのすこしだけ正常の枠からずれていた。
総蛋白は微差だったので関係ないと思うが、コレステロールはわかりやすく急上昇していた。
コレステロール値は血清脂質のひとつで、一般に脂肪の多い食事をつづけていると上昇する。
なるほど、と思い当たる節に肯じた。
献血前の3週間ほど、毎日、でかいカップラーメンを食ってみたのだ。
こうかはてきめんだった!
血圧もだいぶ上昇していて、献血できるギリギリ。
血清コレステロールと塩分は、動脈硬化の大敵である。
つまり「死因」の多くを占める道へ、一歩を踏み出していたわけだ。
一か月や二か月ならともかく、何年もこんな生活をつづけたら、そりゃあ死ぬな、と思った。
という食生活を改善して臨んだ次回、さすがに態度のわるいスタッフはいなかった。
だからというわけでもあるまいが、だいぶ混んでいて待たされた。
予約して行ったにもかかわらず、2時間半。
さすがにイライラモードが募った。
成分ではなく、全血400だ。
30分で終わる、がモットーの全血400で、なんだこれは?
問診に呼ばれるまで、検査に呼ばれるまで、本番にいたるまで、ことごとく「まあまあ待たされ」る。
その蓄積が2時間半なわけだが、さすがにおかしくないか?
たしかに混雑していることは、見ればわかる。
待っている私の横で、初心者に説明しているスタッフとか、まったりしている夫婦とか、いろいろなひとがいるわけだが、そういう人々を観察するのは楽しいのでべつにいい。
どこがボトルネックになっているのかはわからない。
献血ルーム内の流れの問題か、単純に処理する機器の数の問題か……いや、だとしたら予約受け付けるのおかしいだろ、そもそもスタッフの配置おかしくね?
と、合理的な解釈に努めながら待った。
こちとらイライラしてんのに、カウンターでボーッとしているやつをみると、さらにイラっときた。
個々の働いている人々は、ちゃんとやっている。
それは理解しているが、問題は全体的な流れだ。
テキトーに問診してボーッとしている医者もいるし、流れが途切れればスタッフもカウンターであくびもしよう。
そのくらいはべつにいい、彼らの自由だ。
ただ、おまえ給料もらってんだろうけど、こちとらボランティアだかんな、とは思った。
彼らは、たいていどんなふうに時間を過ごそうと、給料は同じだろう。
一方、こちらは400の血を失うのは納得ずくだからいいとして、ふだん以上に待たされる「時間」というのは純然たる損失だ。
予定を詰め込んで外出しているのに、なんだよこの「無駄」な時間は……。
ここで前段の話に通じる。
ボランティアしてるくらいだから心優しいひとだよね、だったらちょっと長引いても優しく受け止めてくれんでしょ、という甘え。
ざけんなよ、と伝えておきたい。
私は悪人ではないが、善人でもない。
こちとら心優しいから献血してんじゃねえ。
いずれ返してもらうために、ただ「血を預けてる」だけなんだよ!
と、考えてみればお金を預ける銀行もまあまあ待たせるが、そういう親方商売には断固、苦言を呈したい。
ビジネスライクな顧客に対して、ビジネスにとってもっとも重要な「時間」を搾取するなら、当然に説明は必要のはずだ。
イラチな人間にとって、「待たされる」のはほんとうにストレスがたまる。
どんなにうまいと評判の店でも、混んでいれば、隣の空いている店にはいる。
私にとっては、時間がすべてなのだ!
だから予約してんだよ、という点を彼らには再度、理解してもらいたい。
という感想を抱いた、こたびの献血だった。
もらった献血バスのトミカは、いらないので売り払うとしよう。
最後に、毎日カップラーメンをやめた私の血は、全ステータス正常だった。
回復魔法いりません、ありがとうございました。