私のHDD録画機は、なぜか毎週、勝手に笑点を録っている。
 気が向いたときにしか観ないのだが、それでもたまには観る。

 この伝統ある番組から、林家三平氏が卒業したらしい。
 むべなるかな、と思った。

 むかしから、いつも思っていた。
 なんでこのひと、いるんだろうな、と。


 良くも悪くも「日本的」だと思う番組、笑点。
 よく5年ももったな、と三平氏については思う。

 キャラ確立どうこういう話もあるが、純粋に「違和感」がぬぐえなかった。
 ふつう「慣れる」ものなのだが、三平氏の場合はなぜか居心地がわるかった。

 残る笑点メンバーで、まだすこし違和感があるのは好楽氏だが、彼も一度「卒業」して出戻った組らしい。
 失礼ながら、なんで戻したんだろう、と思っている。

 若手にはいくらでも、「キャラ」の立っている人物はいると思う。
 そんななか、彼らがなぜ選ばれたのか、よくわからない。

 これだけやっていて、まだ違和感が残る好楽氏も、それはそれですごいと思うのだが。
 最強の緩衝材であった三平氏が去るのは、彼にとっても痛恨の極みであろう。

 この違和感を押しつけてくる元凶については、考えるまでもない。
 三遊亭とか林家という「門跡」のパワーだ。

 その当時に力をもっている個人や流派が、ゴリ押せば通る人事。
 みなさん思い当たる節ばかりだろう。


 どの業界にもそういう傾向はあると思うのだが、笑点にもそれははっきりとあらわれてしまっていた。
 見識の高さではなく、発言権の強さが流れを決定する、まさに「伝統的社会」にへばりついて離れない宿痾だ。

 その発言権で、無理やり三平氏をねじ込んだ連中は、いま、なにを思っているのだろう。
 5年ももってよかったな、だろうか。

 もしあのとき、こぶ平さんを入れてくれていたら、あまり違和感はなかったように思う。
 声優の時代から慣れていたこともあるが、あの太ったキャッチャーの声は、こぶ平以外に考えられない。

 21年12月21日現在、つぎのキャストはまだ不明だが、あえて言おう。
 こぶ平ならいい。

 あの日あの時、こぶ平ではなく、見知らぬ若手をほりこんできた林家。
 おかげで林家という名前に対する私の評価はダダ下がりだ。


 いや、ちょっと言い過ぎたが、そのくらいあの判断には首をかしげた。
 春風亭が司会になる以上の違和感だった。

 さすがに昇太さんについては、いまはもう慣れた。
 柳昇師匠に思い入れがあったせいもあるが、認めよう春風亭。

 亭号についても、そろそろバラす頃合いではなかろうか。
 三遊亭も林家も、ひとりいればじゅうぶんだ。

 なつかしの立川を入れてもいいし、桂を復活させてもいい。
 伝統の三笑亭や、月亭あたりからも、期待できる若手はいくらでもいるはずだ。

 講談や他の伝統芸からも一席、入れてあげていいと思う。
 日本古来の古典芸人を守るという意味でも、狂言師や浪曲師が笑点に出てきたっていいじゃない?


 という判断をする、伝統ある笑点スタッフオンリーの会議室に割り込める余地は、あまりないのかもしれない。
 事務所パワーというやつは、この場においてもほんとうに強いんだろうと思う。

 もちろん「流派」を守ることには大きな意味があるのだろうが、今回は負の側面が目立った。
 これで林家が懲りてくれればいいのだが、生き馬の目を抜く芸能界に「反省」などという言葉はどこ吹く風だろう。

 芸能事務所の社長的な人格の目には、そもそも「自分」しか映っていない。
 他人とか社会がどう考えるかなど、あまり眼中にないのだ。

 「このあたしが選んでやったんだから、あんたがんばんなさいよ」。
 と、新人アイドルにハッパをかける女社長を、どこぞの番組で見た。

 何様のつもりだよ、という態度に、まわりのひともたいへんだろうなと思う反面、たぶんこれは業界一般の風情なのだろうと理解もしている。
 彼ら、彼女らは「そういう人間」なのだ。


 流行は自分がつくる、世の中は自分に従うべき、従わなかったらそれは自分以外の努力が足りない、という思考体系の人物が上に立ちやすい業界。
 残念ながら少なくない社会が、そういう構造になっている。

 昭和までは、そういう「個性」のあるがまま、受け入れられていた時代もあった。
 令和の現在では、むずかしいだろう。

 そういうひとはそういうひとで、ユーチューブチャンネルでもやってくれればいい。
 何人が自分についてくるか、それでわかるだろう。

 そうして個性的なひとが排除されればされるほど、テレビがつまらなくなるという逆の現象があることも、また事実だ。
 妙なキャスティングのごり押しがプラスに働く局面も、ないわけではないが、今回の林家はそれが大失敗したいい例だった。


 ともかく三平氏には、ごくろうさまでしたと言いたい。
 よけいな荷物を背負わされて、たいへんな日々だっただろう。

 じっさい当人も、そうとうキツかったはずだ。
 あまり無茶なことは、するものではない……。