私は映画を趣味にしている。
 最近、エクセルで管理しているタイトル数が、4000を超えた。

 死ぬまでに1万タイトル、という野望をもっていた時期もあったが、いや無理だなと最近はあきらめている。
 なにしろ、もうとっくに人生を折り返しているのだ。

 しかし冷静に顧みると、もしかしたら目的の半ばに達している可能性が、なきにしもあらずだと気づいた。
 エクセルでタイトルを管理する以前に観た映画が、かなり記録から漏れているからだ。

 昭和末期から平成にかけて、洋画劇場が毎週4つも5つも流れていた時代があった。
 私の映画趣味は、このころから端を発している。

 ノートに何冊も記録していたのだが、それはとうに失われた。
 数百から千くらいは観ていたと思う。


 さて、そんななか、あえて「観ない」映画のシリーズがあった。
 もっぱら邦画なのだが、とくに寅さんシリーズは避けていた。

 最近、昭和の文化を研究している過程で、よく再会する。
 言うまでもないが、いまはもう180度、見解を改めている。

 寅さんという永遠のキャラクターは、ほんとうにすばらしいと思う。
 全国を行脚して、露天商として生計を立てる、車寅次郎。

 当時の文化背景を知るうえでも、また純粋に映画としても、高く評価されているのは当然だ。
 そんなすばらしいシリーズが、私は当初、たいへん苦手だった。

 さまざまな理由はあると思うが、なかでも「商人がキライ」というのがあっただろう。
 人生の初期段階から、私はそういう性質の人間だったらしい。


 このブログでも、折に触れて「商人」という種族については腐している。
 軽薄というか、不正直というか、もちろん全員ではないのだが、そういう「クソ商人」が目立つのだ。

 なぜか配信されてくるメルマガで、生産が追いつきません、と宣伝している商人。
 応じられないような注文を募っている暇があったら、まずは注文に追いつける程度には生産ラインを強化する努力をしてから売れよ、と思う。

 やるべきことやらないバカでーす、と開き直っているのか。
 どういうつもりだこいつは、とイライラする。

 赤字価格です!
 と、自分のバカさかげんをひけらかす商人もいる。

 まず第一段階として、赤字で売るために仕入れるわけがないので、売れないものを仕入れたことを告白している。
 それだけでもそうとうだが、彼のバカさかげんはそれでは終わらない。

 赤字にしては、やけに高いのだ。
 その価格で赤字が出るということは、よほど高く買ったか少ロットの注文だった可能性があるが、わずかなロットすら捌けないということは、よほど問題のある商品なのかもしれない。

 ある意味、乞食の商法に近い。
 インドなどでは、わざと自分の身体を傷つけ、不具状態にして善人の憐れみを誘い、喜捨を集める子どもたちが一定数いた。

 自分の無能さ、哀れさ、バカさかげんを公表して、客の懐から金を絞る。
 そういう商法なのだと考えると、一応理解はできる。

 理解はできるが、共感はできない。
 彼らがなにを言っても、もうムカつきしかない。

 そんなふうに人をだまして、利益を得たいのですか。
 坊主憎けりゃ、宣伝文句のほとんどがイラつく要素に満ちている。


 早い者勝ち!
 よく見かける売り文句だ。

 HFT業者が言うなら、わかる。
 100万分の1秒、注文が速いほうが勝つ。

 私がデイトレードを嫌悪して、ほぼ退場した理由のひとつでもある。
 個人のトレーダーが機関投資家に勝てる可能性は、ゼロだ。

 業者レベルでも、高速取引を追求した者が勝つ。
 不公平でずるい、という声は当初からあったが、どうしようもない。

 他の取引業者より0.001秒、速く注文する。
 そのテーマ自体、映画にもなっている(『ハミングバード・プロジェクト』)。

 光ファイバーで注文を伝達するニューヨークとシカゴ、他の都市を経由して通常届くのにかかる時間が0.017秒。
 主人公たちは自らトンネルを掘り、光ファイバーを這わせて「直線」でつなぐと、0.012秒で発注できる。

 発注が一瞬でも早ければ、他の高速取引業者を排して、取引が成立する。
 1000円で買って、1001円で売ることができる。

 これを延々とくりかえす。
 当然、こんなことをしても一般の投資家はまるで儲からないが、業者はちがう。

 株式市場のほぼすべての銘柄を、一日に何千万、何億回と取引すれば、まとまった「利益」になるのだ。
 圧倒的な計算と理論、疑似量子コンピュータ、光の速度で発注するプログラムによって、先に注文した者が勝つ。

 世界と戦うための最先端の技術武装。
 映画的な誇張もあるだろうが、じつにエキサイティングだ。

 ミリ秒単位での売買。
 こういうのを、「早い者勝ち」という。


 一方、バカな商人の早い者勝ちはちがう。
 どこかの無知が早く買ってくれたら自分が勝つ、という意味だ。

 早い者勝ちの商品が、延々と並んでいるのをみればよくわかる。
 考えるのは自分のことだけ。

 最後に、よくある商人の定型句のなかでも、私にとって速射砲並みにゲボが出る問題発言を紹介しておこう。
 お客さまのために、ご奉仕。

 自分のためなのに、他人のためを装う。
 正気になってくれ、もう無理だ、商人よ。


 と、私のようなタイプはテレビショッピングの一言、ネットの文字列からでさえ嫌悪感を催してしまう。
 もちろん多くの商人が、ちゃんと仕事をしていることは知っているし、流通への貢献については敬意を表する。

 いい商品を、安く売る。
 社会に欠かせない重要な役割なのだ、商人は。

 要するに売り方の問題だ。
 さて、そこで寅さんにもどろう。

 彼は行商人である。
 どこぞの問屋で仕入れ、地方を行脚して高く売る。

 どこにでもある商品を、やや高く売っている感はある。
 が、加えて落語に近い要素、口上で客を楽しませる、という役割が一応あるようにも思われる。

 言わずと知れた「啖呵売」だ。
 並んだ数字がまず一つ、もののはじまりが一ならば、国のはじまりが大和の国、島のはじまりが淡路島、泥棒のはじまりが石川五右衛門なら、スケベエのはじまりがこのおじさん!

 もちろん私は落語が好きなので、寅さんの口上も非常に楽しめる。
 これが「押し売り」になってくると話は変わってくるが、寅さんはその手前の絶妙な立ち位置をキープして、「ヤクザなアニキ」の魅力を最大限、引き出していると思う。

 そう、当人も理解しているのだ。
 自分が、ヤクザなアニキであることは。

 冷静に考えると、身近にこんなアニキがいたらやだな、とも思う。
 だから妹がお嫁に行けて、ほんとうによかった。

 さらに冷静に考えて、自分自身これに近いのではないかと気づいた。
 どう考えても、ヤクザな入金で暮らしているような気がするのだ。

 汗顔の至り。
 もって瞑すべし。