われわれは、現在に生きている。
いろんな道具や施設を使って、かなり便利な生活になった。
私は東京を舞台にした物語を書いているので、現在の東京を形作った過去について調べることが多い。
資料として、科学映像館がアップしている動画など、とても参考になる。
地下鉄やトンネルを掘削したり、空中に高速道路を走らせたり、地震多発地帯に高い建造物を建てたりと、多くの「地形を変える」「地図に残る」仕事を眺めていて、嘆息する。
すげえなあ、と。
戦前から戦中戦後の資料なので、多くの作業は手掘りだったり、紙と鉛筆で計算だ。
もちろん部分的には機械化されていたが、基本的に手と頭による作業で、この圧倒的な巨大建造物群を築き上げた。
すげえなあ……。
正直、それ以外にことばが見つからない。
いや、ことばは見つかるが、彼らの仕事が重すぎて、ことばなんて尻軽女だ。
この先人の努力が、現在人の便利な生活を支えていることを、けっして忘れてはなるまい。
などと殊勝な気持ちになりつつ、オススメに出てくる動画を順次消化する。
私のようなおっさんの嗜好は、動画サイトにはモロバレだ。
恐竜、地球、宇宙人など、アホな男子らの食いつき抜群なカテゴリに、もちろんアホ代表の私も食らいつく。
他人に理解してもらおうとは思わないが、この気持ちは世界中の多くの男子が共有してくれることだろう。
宇宙とか恐竜とか遺跡とか電車とか、男子には巨大なもの、動くものが大好き、という遺伝子レベルの嗜好が植え付けられている。
私も大好物の宇宙動画を眺めていて、しかし、好きになれない種類の動画も存在することを、ここで申し述べておかなければならない。
とくに昭和の先人が文字どおり汗水たらして築いた巨大建造物を、日々ありがたく使用させていただいているという殊勝な気分で眺めると、もう吐き気しかない人々の登場する動画。
それは「古代宇宙飛行士説」だ。
いや、それ自体は疑似科学の突拍子もないトンデモな都市伝説の一環として、べつにあっていいとは思うのだが、彼らの考え方、主張の方法が、著しく癇に障る。
ひとことで言えば、先人に対する敬意がほとんど感じられないのだ。
たとえば「この古代遺跡は宇宙人がつくった」。
ひどい主張だと思わないだろうか?
当時の人々が、当時使えた技術と知識と労力のかぎりを尽くした巨石遺跡。
この偉大なモニュメントに対して、当時の人間がこんなものをつくれるはずがない、宇宙人がやってきて特別な技術を使ったのだ、云々。
失礼すぎる!
どれだけ努力してテストでいい点を取っても、こいつにこんな点をとれるはずがない、どうせカンニングしたんだろ? と言われるようなものだ。
当然、お怒りの方々も多い。
エジプト考古省のお偉いさん、ザヒ・ハワス氏も半ば切れていた。
この偉大な建造物は、われわれの先祖が無から、知性と労力のかぎりを尽くして、だれの助けも借りずに完成させたすばらしい遺産です。
神とか宇宙人とか、そんなワケのわからないものに介在されたくはありません。
怒る気持ちはわかる、そりゃそうだ。
先祖が頑張ってつくってくれたものに対して、それ宇宙人の技術を盗だだけだろ、と嘲られたらムカつくに決まっている。
よって、そんなわけねえだろクソが、と言い返すのは至当だ。
が、その程度で陰謀論者はひるまない。
そもそもエジプトが言い返せるのは、あまりにも有名な遺跡群であり、その研究者、文化の後継者がたくさんいるからだ。
それ以外の多くの古代遺物には、研究者も継承者も少ない(わからない)ので、あまり言い返すことができない。
まさに、そのせいで、彼らの吹聴する暴論が世間に暗躍、蟠踞することになる。
だれかをバカにしたくてしょうがない人々は、どこにでも一定数いるものだ。
反撃の能力が低い人々を狙って責める、という本質をもつ犯罪者。
彼らが反論できない人々を貶めるのは、もちろん見慣れた光景だ。
努力を尽くして達成された成果に、平気でイチャモンをつけられる人々。
デマゴギーで食う彼らの犯罪種別は「詐欺師」である。
古代エジプトに代表される遺跡には、当時の人々の血と汗と涙が詰まっている。
私を含めてほとんどの人々が、感心し、感動し、褒めたたえるべきものだ。
しかし、陰謀論者にとってはちがう。
そのねじくれた精神は、どうやって彼らを腐しうるかを、まず真っ先に考えるのだ。
詐欺師が詐欺をはたらくのは、もちろん職業柄ではあるのだろう。
だが、他人の努力を貶めるような種類の詐欺は、だいぶ気持ちがわるい。
過去に必死でがんばった人々を、現代の詐欺師たちが食うために侮辱しているさまを見るにつけ、心が締めつけられる。
陰謀論者を全否定するつもりはないが、その表現方法についてはどうか一考していただきたいものだ。
もちろん、古代に宇宙人がきたと言いたい人々がいても、それはいっこうにかまわない。
しかしまずは、このすばらしい遺跡をつくった古代人の叡智に、最大限の敬意を払うところからはじめるべきではないだろうか。
そのうえで、ところで、その隣にあるこの小さいほうは、もしかしたら宇宙人がつくったのかもしれませんよ!
というくらい謙虚に意見を宣うなら、まだしも許していい。
この巨大な石は反重力装置で動かしたんですよ、そうすればとても楽ですからね。
古代人なんてサルみたいなもんだから、背負えるより重い石なんか運べませんよ。
そんなことを言っている、詐欺師ども。
先人への侮辱も、いいかげんにしていただきたい。
要するに、自分にできないことは、ほかのだれにもできないという前提。
狭量なその思考回路は、万人が(愚か者ほど多く)持ち合わせている。
であれば、それへの自省は必須の「成長」過程であり、すべからく謙虚さと向上心へつながっていく道のりではあるまいか。
などと、ときおり陰謀論に片足を突っ込む私は、強い自戒とともに思う。
なにしろレコメンドされて、まんまと視聴しているくらいには、都市伝説愛好家ではあるのだ。
その表現方法があまりにも無礼な場合にかぎり、多少腹が立つというだけで。
過去からの発信に対しては、尊敬と謙虚さをもってリプライしよう。
すべての過去は、すばらしい教材である。
世界中の人工知能が現在、恐るべき速度でやっている「学習」。
おそらく未来を担うべきこの異形の子どもたちに、人類の詐欺師の顔だけは反面教師にしてもらいたいと願う。
そして、謙虚に学ぶというフォーマットを大事にしよう。
そんなことを思いながら、いま私は簿記の勉強をしている……。