安倍ちゃんが辞めた。

 おつかれさまでした、と言いたい。

 

 いや、べつに私は自民党の支持者ではないし、むしろ政治家なんて全員くたばればいいと思っている。

 が、病気は当人のせいではないし、だいぶ長く総理大臣という激務をこなした人ではあるので、労をねぎらうくらいの良識は示してもよいと考える。

 

 で、その長期政権を総括する記事や番組が、ぞろぞろと出てきている。

 ニューズウィークかブルームバーグか東洋経済か忘れたが、安倍氏当人ではなくその周辺から分析する、とても客観的な記事があったので手短に記録しておきたい。

 

 まずは安倍氏を支持する側だが、彼らは必ずしも総理を手放しで褒めない、という。

 必ず留保条件をつけて、消極的に支持する。

 

 支持者にとって、総理は「北方領土」も「拉致問題」も「憲法改正」も、重要なことはひとつも解決できなかった人だ。

 つまり裏切られつづけているわけだが、ほかに選択肢もないので、消極的に支持する以外にない。

 

 一方、反安倍には理屈がない。

 彼がなにをやろうと、感情的な怒りを爆発させ、罵詈雑言を吐き散らすだけだ。

 

 なるほど、と思った。

 たしかに、たまに見かける反安倍の悪口合戦には、若干気が滅入る。

 

 安倍を支持する著名人を見かけると、もっと早く死んだほうが良かったとか。

 安倍なんか死んでも悲しくないとか。

 

 連続何日働いていて大変だ、と総理を思いやる発言に対して、あたし(主婦)なんか365日休みなしだよ、とか。

 あんたは総理大臣じゃないだろ、という突っ込みも空しい。

 

 もちろん総理大臣だけが大変な職業ではない。

 各界のトップでがんばっている人が「俺だって何か月も休みなしだよ」と言うなら、まあ理解はできる。

 

 しかし「並の」主婦と比べるのは、どうかと思う。

 主婦をがんばってる「あたし」は、業界トップのカリスマ主婦にでもなってから、総理大臣と自分を比較しても遅くはないだろう。

 

 記事に戻ると、安倍氏の一部の国を除いた海外からの評価はまあまあ高く、選挙に勝てるくらいだから多数派の国民にとっても一応ベターな結果は出している。

 逆に言えば、それが都合の悪い少数派にとっては口を極めてののしる要素しか残らない。

 

 俯瞰的で正確な論評だ。

 じつに筋が通る。

 

 

 

 さて、大嫌いな政治の話をしすぎた。

 主婦の話が出たところで、本日は私自身が担う家事労働について記そう。

 

 単に一人暮らしなので、自分で自分のことをやっているだけのことだが。

 家事が365日休みなしであることは、たしかに事実である。

 

 その労力を最低限に済ます、というのが私のウェイ・オブ・ライフだ。

 一方、主婦の仕事は大変なのだと、家事労働にすごい値段をつける人々がいるが、どんなすごい家事をしているのか、すごい気になる、たぶんすごいんだろう……。

 

 私は極限まで手を抜くので、労働と呼べるような代物ではない。

 洗濯物は洗濯機があふれるまで回さないし、乾いた洗濯物をたたむという発想もない。

 

 どうせ着るのだから、たたむ必要などあるだろうか?

 積んでおいて、上から取って着ればいいではないか。

 

 先ほど、着ているTシャツの感触がなんか変なので、見下ろしたところ裏返しだったことに気づいた。

 べつに一晩、眠るのに支障はなかったが、とりあえず着直した。

 

 靴下の柄がちがうなどしょっちゅうだし、さすがに靴は揃えるが、上下の服の組み合わせに気を使ったことはさらさらない。

 穴が開いたら捨てるが、透けている程度ならそのまま使う。

 

 明らかに小汚いとか、悪臭が漂うとか、他人にご迷惑をかけるような状態は避けるようにしているが、家でどんな服を着たところでだれも困りはしない。

 私にとって洗濯とは、かくのごときものである。

 

 

 次、掃除。

 わが家の掃除は、基本的にロボットがやる。

 

 そもそもミニマリストなので、片付ける必要がないほどモノが置いてない。

 ということは、ロボット掃除機にとってベストな環境だ。

 

 リモコンのスタートボタンを押すだけで、縦横無尽に埃を吸って、勝手に充電台に戻る。

 充電台にゴミを集める機能があるので、ゴミ捨ては季節ごとに1度くらいだ。

 

 風呂やトイレなどの掃除は自分でやらねばならないが、半年に一度くらいやっておけば、とくに問題はない。

 べつにシャワーの周囲に多少のカビが生えていたところで、痛くもかゆくもない。

 

 キノコが胞子を飛ばして王蟲が攻撃色で私を睨んでくるようになったら、さすがに腐海の掃除に乗り出すと思うが、半年くらいでそこまでの惨状にはならない。

 風通しはかなりよい状態なので、大海嘯を起こすには年単位の放置が必要だろう。

 

 

 最後、炊事。

 これについては毎日やらないと、飢え死にする恐れがある。

 

 死なないまでも、脳にエネルギーがいかないのはまずい。

 私ごとき者にとって、身体は脳を動かすための道具だ。

 

 最近の主食は、うどんとパンを交互に食っている。

 副食は納豆とヨーグルト、そこに裏の畑でとれた野菜を混ぜることで、バランスはとれている(はずだ)。

 

 間食として、サバの缶詰、オートミールをそのまま食う。

 血糖値の低下を感じたら、氷砂糖を口に含む。

 

 以上、必要な栄養素は摂取できていると考える。

 ご案内のようにバカ舌なので、味覚に対する手間は完全に排除している。

 

 毎日、延々と同じものを食いつづけても悔いがない。

 むしろ余計な変更を加えると、適応に手間取る。

 

 たまにやってくる親がおみやげ物らしき食い物を置いていくことがあるが、次にやってきたとき「まだ食べてないの!?」と驚かれる。

 どのタイミングで食うのかわからないし、そもそも食うものは決まっているので、割り込ませるきっかけがないと永遠に残るのだ。

 

 バナナやポテチくらいなら適当に食うが、おかずみたいなものは厄介だ。

 そもそも冷蔵庫には、調味料のたぐいがほとんどない。

 

 湯切りしただけのうどんに、納豆などを混ぜ、めんつゆをぶっかける。

 そのまま流し台に立って食い、食器を洗って戻すまで15分とはかからない。

 

 パンは味つけなし、ヨーグルトもプレーンのまま食う。

 ともかく最少の手間を心掛けている。

 

 これで、とくに健康には問題を感じていない(脳の出来はともかく)。

 粗食は身体にいいのだ、という説を採用しよう。

 

 

 

 以上、炊事洗濯掃除。

 家事「労働」と呼ぶのも憚られる手抜きぶりであることを、ご理解いただけたかと思う。

 

 くりかえすが、この状態にさしたる問題も感じていない。

 むしろミニマムな生き方に満足している。

 

 地球にやさしい、という言葉はあまり好きではないが、自然に対して負担の少ない生き方には努めたい。

 このまま死ぬまで生きることを、地球氏にはお目こぼし願いたいと思う。

 

 私の生き死にを、べつにだれにもどうこう言われるつもりはないが、地球氏にだけは、いろいろ物資を借り暮らしている立場上、ご負担の少ないよう気を遣う。

 あと何年、何十年かわからないが、使えるうちは使わせていただきたい。

 

 

 幸い、現状は繁殖を控えているため、未来の地球にかかる負荷も低減されている。

 いわゆる「結婚」の可能性は、おそらくない。

 

 「一人口は食えぬが二人口は食える」という言葉が、古来あった。

 一人暮らしは無駄が多くて生計を立てにくいが、結婚して二人で暮らせば節約できることが多くなり、なんとか暮らしていけるという意味らしい。

 

 しかし現在は、社会と技術の成熟により正反対の情勢となった。

 上述の通り、私自身の家事コストはかなり低いのだが、これを他人に任せるという選択肢に踏み出すと、恐ろしく高コスト体質になることが判明している。

 

 なんと、このほとんどやることのない「家事」を嫁にやってもらった場合、私は彼女に毎月30万、支払わなければならなくなるらしい。

 つましく暮らしている私の日常が突然、アホほどの高コスト体質になってしまうのだ。

 

 もちろん、夫婦で家事労働にお金を払うというのは、ただの「たとえ話」だ。

 問題は、嫁が思う「自分の労働30万」に対して、私が現状の生活から算定する家事労働の適正対価が、著しく乖離している点だろう。

 

 私の「たいしたことはやってもらっていない」と、相手の「すごい労働をしてやっている」という、極端な意識の差がもたらすもの。

 その先には、悲しい結末しかないような気がする。

 

 

 とはいえ、そうやって「吹っかける」ことには有益な意義もある。

 結婚したくない、しないほうがいい、と考える百の理由に、法外な月額課金というオマケが付け加わるのだ。

 

 こうして増えすぎた人類の繁殖率は低下する。

 とても幸いだ。

 

 これ以上、地球上に人間を増やすような努力はすべきではない。

 地球にやさしくしようと思ったら、ひとりで暮らすのが最適解なのである。

 

 

 世界の趨勢も順次、そちらに向かっている。

 安倍氏の長期政権をもってしても、この少子化問題はどうにもならなかった。

 

 世界自然保護基金が定めるエコロジカル・フットプリントによると、地球1個に対しての適正人口は50億人らしい。

 それでも多いような気はするが、現状は80億に近い。

 

 アフリカを中心とする途上国の人口が爆発的に増えているためだが、これは一時的な現象と考えたい。

 なぜなら彼らは「途上」にいるのであり、その先には先進国が待っているからだ。

 

 地球と人類に対し、先に大きな罪を犯した先進国から減らしていくのは道理だろう。

 ここに途上国が追いついてくれば、人口問題も自然に解消するはずだ。

 

 私も地球人の一員として、適正人口を目指す一助になりたい。

 ひっそりと、ひかえめに、ひとりで。