タバコを吸っていると、コロナにかかりづらくなるらしい。
 ニコチンが、コロナの感染にかかわる部分をブロックしている可能性があるようだ。

 という「説」を取り上げて、ドヤ顔のタバコ礼賛を展開する喫煙者の記事を読んだ。
 じつにすがすがしい。

 もしこの情報が正しければ、彼の論陣にもうなずける部分がある。
 まず、フランスの病院やアメリカの医学ジャーナルで、その手の結論が出されていることは事実のようだ。

 タバコを吸うと肺を痛める、コロナに感染すると重症化しやすい、という議論については猛烈にプッシュする禁煙活動家。
 一方、コロナ自体にはかかりづらくなる、という都合の悪い事実については口をつぐんでいる。

 これはフェアではない、と筆者は苦言を呈する。
 禁煙運動家は、自分に都合のいい情報だけを出し、悪い情報は隠している、という指摘についてはなるほどとうなずける部分もあった。


 ヒステリックな禁煙運動家が言う「百害あって一利なし」は、私も常々、おかしいと思っていた。
 一利や二利はあるだろ、ストレス解消とか、落ち着くとか、だから吸ってるんじゃないか、という当然の突っ込みどころを頭からスルーしているところが、このへんの活動家に距離を置きたくなる理由でもある。

 自分に都合の悪いところはスルーする、という態度はほんとうにいただけない。
 どこかで書いたかもしれないが、自分に都合の悪い占いは信じない、という態度からして私は問題だと思っている。

 それでも「たかが占い」であれば、ぎりぎり許容範囲ではある。
 それ以外のマジメな話で、「ダブルスタンダード」はあってはならない。


 この書き手は信頼できる、と途中までは思っていた。
 が、残念ながら失点が見つかった。

 たとえば「副流煙による健康被害に医学的な根拠はない」という「説」。
 これを、喫煙に対するポジティブな文脈で使おうとしたところが、最悪の失点だった。

 世の中にはいろんな「説」があり、有名なところでは水俣病のときにも、この「医学的根拠はない」という「説」で、廃液の垂れ流しが継続されたことがあった。
 あらゆる「説」が、この世にはある。

 人類が宇宙に進出している現在さえ、地球は丸くない、平らだ、という「説」を主張している人もいる。
 でも宇宙から丸く見えますよ、いやあれはトリックだ、ただカメラの影響でゆがんで見えているだけだ、など。

 あらゆる「説」はあるわけで、問題は、それをどういう文脈で使うかという点に尽きる。
 残念ながら、この一文で途中まで良かった論旨の質が、大きく損なわれた。

 さすがに副流煙を吸わされたら健康に被害が出るだろうな、という一般的な想像力。
 対して、「医学的な根拠はない」という「説」を、上位の文脈に置いた。

 医学的根拠以前に、「周囲に副流煙を吸わせるのは申し訳ない」から、このような「説」を振りかざすのは正しくないと思うが、という批判的な文脈で使ってくれれば、まだ彼のことを信用できた。
 しかし彼は、この「説」を、喫煙に対する肯定的な文脈で使おうとしたのである。

 おそらく心の底に「副流煙ぐらい我慢しろ」という要求が根差しているからだろう。
 これは、そういう「説」もあるんだからいいよね、という文脈で使ってはいけない言説だった。


 周囲に毒を振りまくのは、べつに喫煙者に限った話ではない。
 究極的には、人間は生きているだけでちょっとずつ「害悪」だ。

 ただその「環境負荷」をできるだけ減らしていこうという不断の努力を、個々人がどれだけ背負えるか、という点にこそ「価値」があると考える。
 人類共通の正義などというものがありうるとすれば、それは「持続可能」という「スタンダード」こそがもっとも近い(とはいえSDGsへの道は遠く険しい)。

 どれほど高邁な理想を掲げようと、そこにダブルスタンダードがあっては台無しだ。
 都合のいいことも悪いことも知ったうえで、優先順位を決めて判断しなければならない。


 コロナ自体にかかりづらくなることより、重症化しやすいかどうかのほうが問題だ、と考える人もいるだろう。
 風邪をひきやすくなるがかかっても死にづらいほうがいいか、風邪にかかりにくくなるがかかったら死にやすいほうがいいかは、個人が選べばいいのだ。

 その意味では、この喫煙者の議論も、冷静に考えてあまり喫煙を礼賛していないんじゃないかな、とすら思える。
 いろいろな見方があってよい。

 多少の粗もあったが、彼の言っていることは8割方、正しいと感じられた。
 彼らが自分の健康を損なう(あるいは潤す)分には、彼らの自由であるべきだ。


 私も人生で二度ほど「喫煙者」だった経験があるが、あれを「やめられない」というのは、よほどニコチン体質なのだろう。
 そういう人にとっては、タバコは健康にいいのかもしれない。

 一部例外はあるが、喫煙はもはや「文化」として認めていい段階のような気が、しないでもない。
 ただし、それは他者を巻き込まない範囲の話だ。

 健康増進法が通過し、原則として屋内ではタバコを吸えなくなる。
 高い税金も課せられる、いろいろ迫害も受けるという。

 それでも喫煙者は、文句など言ってはいけない。
 その無抵抗主義こそが、喫煙者の正解だと思う。