タイトル詐欺、という言葉がある。
 犯罪として立件するのは難しいが、いわゆる「イラッ」とくる罪な行為。

 映画をよく観る人なら、まとわりついて離れない問題だろう。
 内容にまったく関係ないが、タイトルで見るかどうかを決める人々に対する、いわゆる「釣り」目的でつけられた、おもに邦題。

 観てみて、内容がつまらなければ当然、酷評するだろうが、それに見合った内容なので問題ない。
 かわいそうなのは、そこそこおもしろいのに「釣り」のせいで足を引っ張られる作品だ。

 内容がおもしろくても、その「タイトル」を期待した人にとっては「違う」ことになるので、腹を立てて低評価をする(だまされて愉快になる人はあまりいない)。
 平均評価が低くなる、観る人は減る、悪循環。

 一般的に、タイトル詐欺でいいことはあまりないと思うのだが、それでも汎用されるのはなぜか。
 「最初だけ」客が増える、という点はどうやら事実らしい。


 そう、目的はひとつ。
 目を引くタイトルで最初だけ売れればいい、という判断なのだ。

 これはもう、それだけでよいと判断した配給会社の姿勢に尽きる。
 そんな会社に買われてしまった、不幸な製作者というようにも見えるが、そもそも、だれも買ってくれなかった可能性があるなら、多少なりビジネスになって不幸中の幸いといえるのかもしれない。

 詐欺タイトルは非常に多いが、すくなくとも私は、だまされて愉快になったことはほとんどない。
 よって、その手の詐欺会社がなるべく利益を得ないよう、これからも注意していきたい。


 そういう「まったく関係ない」邦題は論外として、「言い過ぎでしょう」というキャッチコピーも気になる。
 先ほど見ていた、まあまあおもしろい娯楽映画にも漏れなくついてきた。

 どう考えても「本格スリラー」ではないし「歴史的サスペンス」の要素もあまりないのに、そういう壮大な惹句をつける。
 すると、それが「重荷」になってしまう。

 中規模の予算で、まあまあがんばっている映画に、この手のコピーが多い。
 業界の努力は理解するが、方向というか、感覚がズレていないだろうか。

 深く考えないで観るアクションとかホラーとか、そういう前提で観る分には楽しい。
 そこそこ楽しいのに「偉大」「傑作」「史上最高」と風呂敷を広げすぎるから、「それほどでもなくね?」となる。


 女優やアイドルのコピーでも、しばしば思う。
 そのコピーと顔面を並べて見た瞬間、彼女のことが嫌いになった私は、過剰反応かもしれないが。

 私は彼女がブスだとは思わないし、近所にいたらかわいい子だと認めただろう。
 が、それを売り出そうとしている事務所が、こんなことを言いだしたら、どうか。


 史上最高の美少女。
 歴史に残るヒロイン。
 3千年に一度の美貌。


 待てと。
 それは言いすぎだろう。

 ふつうに、そのへんにいたらかわいいな、と思える程度の子に、その惹句はおかしいだろ。
 事務所の人間、だれも気づかなかったのか?

 芸人が話す前に、これからすごくおもしろいことを言います! と宣言するに等しい。
 自殺行為だ。


 大事なことなのでもう一度言うが、そのへんにいたらふつうにかわいくて、貶す要素などほとんどない、かわいい子なのだ。
 が、事務所が変な売り文句を付け足すせいで、はあ? ブスだろ、と言いたくなる。

 ブスではない。
 かわいいのだが、事務所が「言うほどではない」という意味で、相対的に「かわいくない」「ブス」になる。


 売る側の人間はそう思っているんだよ、と強弁もできるが、そんな個人的感想を「公衆」に押しつけるのはどうか?
 だったら、ちゃんと「個人の感想です」と大きな文字で注釈を入れるべきではないか?

 いろんなところで、まちがった売り方が横行している。
 というか、それを「まちがっている」と思う時点で、私がマーケッターにとって「対象外」になっている事実を噛み締めればいい、という考え方もある。

 ハブられることには慣れているので、それはそれで納得はいく。
 むしろ私のほうが、世間からズレた存在になっている……と、言われてみれば否定はしづらい。

 しづらいが、冷静に見て「言い過ぎだろ」という表現は、巷にあふれている。
 これもまた事実だ。


 なにも考えずに観る娯楽作品としてはデキがいいのに、謎解きやサスペンスとして深く考えながら観たい人に対して売り込もうと、変に壮大なコピーを練るから反発される。
 ターゲッティングがまちがっているのだ。

 ふつうにかわいいだけの子に、史上最高美少女という看板をつけたらダメだ。
 彼女自身が損をする。

 ミステリーではなく、娯楽アクション。
 深く考えないで観てください、という売り方をすれば別の評価になった。


 私は映画を、総合芸術として見ている。
 キャスト、スタッフだけではなく、広告販売まで含めた評価だ。

 製作者にはなんの落ち度もない──たしかにそうだが、ふざけた広告を打つバイヤーを選んだ、という程度の責任はある。
 娯楽作品として作っているのに、本格推理として売るような詐欺商法を、臆面もなく繰り出せるタイプの「商人」に絡まれた不幸だ。

 アイドルを売り出すのも映画を作るのも、総合芸術だと思う。
 どこのパーツが「バカやらかし」ても、その人物、作品自体を損なう。

 みんなでつくる、という芸術の難しさを重く考えるべきだろう。
 とくに「商売」が絡むと、この手のリスクはいや増す。


 その点、趣味なら自由だ。
 他人を巻き込まず、自分だけが楽しんで書いていればいい。

 公開にはある程度のリスクも伴うが、詐欺商人ほど重くはない。
 気が向いた人に、負担にならない程度に読んでもらえればありがたい。

 孤独を楽しめる人には、ものを書くという作業は向いている。
 それを控えめに公開するくらいの自由は、あってもいいだろう。

 最後に、これだけは言える。
 読んでいただいて、ありがとうございました。