以前、光回線契約の話を書いた。
予定では1回の工事で済むはずが、直前でキャンセルされ、その後、3度も立ち合いが必要と言われた、殿さま商売の話だ。
線を通す支柱を建てるための穴を掘る「場所の確定」の立ち合い。
支柱を「建てる工事」の立ち合い。
そして通常の「線を通す工事」の立ち合い。
1回目の立ち合いは済ませ、あと2回、めんどくさいなと思ったが電話を待っていた。
忘れたころ、電話が来た。
彼らが2週間無視していたわけだから、こちらも2週間は無視しようと決めていた。
やりたくないが、しかたない。彼らが先にやったことを、返すだけだ。
すると3日目くらいに、工事の業者から直接、電話がきた。
番号表示がぷららではないので、思わず出てしまった。
いや、それ自体はかまわない。
ぷららに腹は立つが、業者に罪はない。いまのところ。
で、電話してきた兄ちゃんの言うことには、工事のための穴を掘りに伺いたい、と。
いや、支柱を建てるんでしょ、と問うと、そのための穴を掘らせてもらいます。
唖然とした。
何回来るつもりだ、こいつらは。
今日か明日、伺いたいのですが、と言われたので、まあ勝手に来て穴を掘ってくれる分にはいいですよ、と言った。
穴掘りに、立ち合いの必要はないらしい。
で、2日間のどこかの段階で、勝手に来て穴を掘っていくのだろう、と思っていた。
2日目の夜、見たところ、穴が掘られている形跡がない。
やる気ないのかな、と思って、こちらも覚悟を決めた。
来やがったら追い返してやろう、と。
月曜日に電話が来て、今日か明日、工事がしたいと言うから了承した。
それ以外の工事を了承したつもりはない、帰ってくれ、と。
言いたかったのだが、寝ていたので言えなかった。
彼らは4日目の朝っぱらにやってきたのだ。
もちろん一般的には、さほどの早朝ではない。9時は過ぎていた。が、10時にはなっていなかった。
そんなもん、こちとら就寝時間に決まっているじゃないか。
さらに驚くべきことに、彼らは掘り返した土を、勝手に人んちの駐車場に積み上げて帰って行った。
田舎で土地だけはあるとはいえ、駐車場の屋根の下に自転車を止めようと、私が考えないとでも思っているのだろうか?
しかも、その状態のまま一週間近く、放置してくれた。
工事? 俺たちのやりたい時間に、やりたいようにやらせてもらうよ。
そういうことか。
そんな許可は与えていないのだが、やつらは自分に都合のいいように、私の言葉を解釈してくれたようだ。
ぷらら系の業者は、みんなこうなのか?
月曜か火曜に来ると言うなら、来ればいいではないか。どうして自分の言ったとおりに仕事ができないのだろう。
私は、仕事とか契約とかいう真面目な話で、嘘をつくことができない。
というか、そんなやつはとっととやめちまえ、と思う。
約束は守るものだ。
守れない約束なら、しないほうがいい。
自信がなければ、すくなくとも確約はしないことだ。
今回の業者は、確約まではしていなかったので、許しはしないが罪は重くない。
必ず行きます。絶対やります。何日何曜日何時で承りました。
その手のことを言っていたら、もちろん許さなかった。
言ったことは、やらなければならないのだ。
だから、あれだけ事前に念を押して組んだ予定を、直前でひっくり返したぷららを許せないのだ。
やると言ったことはやってくれないと、その日に合わせて組んでいたこちらの予定が、すべて崩壊する。
相手の予定を崩壊させたら、どうなるか?
言うまでもない。
次は、自分の番だ。
自分がやらかしたことは、必ず、倍になって返ってくる。
そういう信念で生きているので、私は、できそうもないことは言わない。
願わくは、結果を出してから言いたい。
夢や希望を語るのは、悪いことではないと思うが、私は苦手だ。
言っておいてできなかったら、口先野郎になってしまう。
そのことに対する恐怖が、他の人よりも著しく強い。
以前、こんなことがあった。
社会人として働き始めた1年目だ。
屋外に看板を固定する作業。
私は、上司がビス止めするまで、押さえておくという役目を担った。
上司に言われた。
「絶対放すなよ」
私は答えた。
「でも突風とか吹いたら、わかりません」
えらい怒られた記憶がある。
ああいうときは、「はい」と言っておけばいいらしいのだが……。
絶対できる、などと私には言えなかった。
絶対というのは、絶対だからだ。
まあ、あのときは余計なことを言わず「がんばります」とだけ言っておけばよかったな、と反省はしているが。
簡単に確約できる人は、ある意味、すごいと思う。
絶対とは、比較、対立、相対を越えた、必ず、という意味だ。
明日、太陽が昇る、絶対。
このくらいなら、私にも言える。
絶対、優勝します。
……正気か? あんた、神か!?
私が言える最上級は、最善を尽くします、までだ。
ベストを尽くしてやるんだから、だれにも文句はないはずだ。
もちろん確約するのは、その人の自由ではある。
それで自分が何を背負ったか、きちんと理解しているならば、私から言うことはない。
人間、口が滑ることもある。
そんなときは再確認してあげよう。
「絶対だね?」
私なら、そうとう酔っ払っていても、「いやすまん、絶対ではない」と答える気がする。
約束したら、守らなきゃいけない。
その結果は、人間性を左右する。
最後に、そんな私が、大まちがいを犯しそうになった話をしよう。
虚偽申告、という罠だ。
このたび車を買ったので、ネットから自動車保険に入ろう、と試みた。
そこに罠が隠されていた……。
以前、書いたことがあるが、私は福祉車両というめずらしい車を購入した。
当然、任意保険にも入れるものと思っていた、というか、入れる。
じっさい代理店型の保険会社は、福祉車両割引まであってウェルカムな感じだ。
一方、ネット型は「拒否」的な姿勢が多い。
いや、驚いた。まさか保険を拒否されるとは……。
割賦や割引が受けられない、いわゆるブラックリストな人になった気分だ。
しかも問題は、それと気づかず、普通の車両として契約しそうになっていたことだ。
いつも通り、淡々と車検証や免許のデータを入力している段階では、まったく気づかなかった。
冷静に見れば、これは「告知義務違反」となる。
仕事とか契約とかいう真面目な話で、けっして嘘を許さない私が、嘘をついて契約してしまったら、それこそ笑えない。
もちろん、そんな嘘をついた結果、痛い目を見るのは私なので、その点はきちんと報いを受けることになる(告知義務違反は保険金を受け取れない)。
嘘をついたらダメなのだ、必ず報復されるのだ。
危機一髪、まさにクリックひとつの差であった。
ネット型保険会社の経費削減がもたらした、巧妙な罠とさえ思える。
淡々と進めていた契約画面、ふと車検証の文字に目が留まった。
型式のあとに「改」とある。
5ナンバーだし、まったく意識していなかったが、これは改造車ということだ。
もちろん違法改造は論外だが、公認の改造なら問題ないだろう、と思った私が甘かった。
あらためてネットから見積もりを取ろうとするが、会社によっては「改」の時点で弾かれる。
電話で問い合わせると、加入はできるがネット割引が使えないのでかなり高くなる、などのケースが目立った。
いやはや、福祉車両というもの、意外と社会の風当たりは強い。
とくにイーデザインやSBIが厳しいようだ。損保ジャパンも、めんどくさい車くんな、みたいな対応だった。三井、アクサ、ソニーなども、加入はできるがネット割引ができないので、だいぶ高くなるということだった。
それじゃネット型の意味がない。
どういうことだろう、これは。
代理店型のバカ高い保険に入る気は、そもそもない。
そのような無駄遣いは、ファイナンシャルプランナーの風上にも置けない。
FPが家計を精査して、まず削るべき項目は借金と保険だ。
その保険(補償)、ほんとうに必要ですか?
私はプロとして(一応、個人資産運用業務を標榜することを、国家資格として認められている)、冷静に考えた。
そもそもの必要性だ。
で、結論。
もう無保険で乗ってやろう。
いや、語弊がある。
自賠責は自動的に入っているし、任意保険は文字通り任意なので、べつに入らなくても違法ではない。
あとは、その保険がどれだけ必要か、という話だ。
自己省察を加え、考える。
そもそも車に乗るつもりも、ほとんどない40代ゴールド。
任意未加入では、いよいよ乗る気も失せる。
ちなみに任意保険の加入率は74%らしいので、私は4人に1人の少数派になったわけだ。
検索すると、未加入は恐ろしい、という煽りサイトがずらりと並ぶが、ほとんど保険会社の宣伝ページに近い。
それを眺める私は、安全意識が高く、あまり車に乗らない、ローリスク年代だ。
任意未加入の危険を煽り、自らの会社に誘導しようとする保険会社が、福祉車両だからという理由で、自ら顧客を締め出している事実を知ってほしい。
一般に、福祉車両こそ保険が重要だと思う。
そんな車両はめんどくさいのでお断り、という姿勢のネット型保険会社諸君。
きみたちに稼がせてやるのは、まっぴらごめんだ。
残念ながら、その程度しか私には報いることができない。
拒否したら、拒否される。
まとめれば、それだけのシンプルな話。
1年後、無事故であれば私の勝ちだ。
というか、ほとんど勝つ勝負なので、勝ってもさほどうれしくはない。
負けたときのリスクが大きいという指摘もあろうが、負けの規模による。
まず、ちょっとした自損などは、そもそも保険を使わないので負けではない。
他人を轢く、というのが最大のリスクだが、田舎なので、そもそも轢く人があまり歩いていない。
仮に轢いたとしても、自賠責が死亡・後遺障害3000万(常時介護は4000万)まで出してくれるので、任意保険は「それを超えた部分」をカバーするにすぎない。
問題は、自賠責が物損に対応していないことだが、いきなり何千万も払えと言われたら、さっさと自己破産するからよい。
他人の命を奪って償えなければ心も痛むが、モノを破壊した程度なら、自己破産に逃げても、さほど苦しくはない。
また、自分自身の怪我にも対応していないが、そこは任意保険でも人身を外せば同じだし、そもそも掛け捨ての医療保険でカバーできる。
ありそうなのは崖から転げ落ちるとか、羊腸たる山道のガードレールに突っ込むような事故だが、そのときは自分が死んで終わりだ。
生命保険は入っていない。
家族のいない私に、死後に残す金など必要ないからだ。
というわけで、一応FPの結論なので、それなりに価値はあると思う。
立場にもよるので一概に言えないが、私の立場から言わせてもらえば、自動車の任意保険は、入るならまあ入ってもいいかな、くらいの重みしかない。
くりかえすが、そういう人こそ、保険会社は受け入れるべきだ。
いわゆる「ローリスク群」であり、労せずして受け取れる掛け金なのだから。
賭けてもらわなければ儲からない胴元としては、このプレイヤーのオミットは、正解とは思われない。
ま、私ごとき小さなパイ、捨てても悔いはない、ということだろう。
とはいえ、これから福祉車両というパイは拡大すると思われるので、エビデンスが整ってから、順次対応してくるものと思われる。
トレーダーにとっては「見(けん)」というやつだ。相場の流れを見極めるため、あえてポジションを取らない。
それ自体、まちがいではないので、まったく否定できない。
ただ、私が拒否された、という個人的な事実が残っただけだ。
私は「先に」拒否されたので、こんどはこちらから、あらゆる拒否権を発動する資格を得た。
あとは結果で語ろうではないか。
言うまでもないが、相手を拒否するということは、自分も、相手からの拒否を受け入れる、という覚悟の表明だ。
自分は拒否するが相手の拒否は許さないなんて、そんな脳みそお花畑の人々は、いろいろ考え直したほうがよい。
私は、他人から攻撃されたり、無視されたり、拒絶されたら、むしろ「うれしい」とさえ思う。
同じことを「倍返ししてください」と許可されたに等しいからだ。
やたら攻撃衝動を解放すると、犯罪者になってしまう。
だが報復のためなら、まったくかまわない。むしろ、進んで解放すべきだ。
世の中で、いじめに遭って悲しい思いをしている方々などは、こういう思考体系を導入してみたらいかがだろうか?
もしかしたら、生きるのが楽しくなってくるかもしれないですぞ。
約束を破ったぷららは、これから何度も約束を破られることになるだろう。
工事を進めず無視していた期間、私も彼らを無視するだろう。
言ったことをやらない人は、相手からも言ったことを守ってはもらえない。
あなたを拒否しますと言った人は、相手からも拒否されると心得ておくべきだ。
報いは、必ずやってくる。
こなければ、ならぬのだ。