秀吉の 紀州攻めの 痕跡

御坊市名田町「地蔵寺」

上野城跡地

棟に座る鬼の耳はピアス穴が見える粋な鬼面瓦です

歴史 上野城は亀山城主湯河氏の家臣で湯河四天王の一人である湊上野介の居館である 

湊上野介は永禄5年(1562年)5月に湯河直光の麾下にて畠山高政と三好氏との合戦に出陣し、河内国教興寺にて主君直光とともに討死にしたという 

なお高城山城(御坊市)は湊上野介の詰城であったと思われる

現状 御坊市名田町楠井にある浄土宗地蔵寺の南側台地端の一角が城跡と推定され、今も子孫の方が住まわれているが宅地化され遺構は残っていない

秀吉の紀州攻め(1585年)の際には、湯川氏が亀山城に火を放って敗走し一時この地に立て籠もったと言う記録もあります

境内の菩薩立像は高城山の戦いで命を落とした多数の村人や武士の供養のためにお祀りされたと言われています

古い鬼面は境内に並べられていました
ピアスは最近のようです

昔の鬼達には耳に穴は無いようです

霊験あらたかで、昔より地域の人々の心の拠り所として大切に守られて来ました

紀南地方の代表的な家屋

地蔵寺の槙柏

振興策 中山間地 放棄田

谷内田の最奥部

亀裂

 

 

ネコヤナギ

関西ではあまり見かけない

10年ほど前まで耕作していた田んぼの土手

舗装された道路も隠れて分からない

所々で寸断されている

これはイノシシ被害

われわれ兄弟以外、山へ入る人は今のところいないようだ

駕籠に乗る 管長猊下 行列

喜蔵院の八重桜満開

大名駕籠

金峰山寺五條管長猊下が乗る

赤鬼・青鬼・黒鬼

女性の行者が中心となって護摩を焚く女人採灯大護摩供も行われます

竹林院から蔵王どうまで1時間かけ練り歩く

左は護法山「喜蔵院」

千両箱を鳴らしながら練り歩く

法螺貝は吹き続けられる

田中利典さん、柳沢慎吾阿闍梨の姿もありました

その昔なら顔を上げることは出来なかった

約20分間の観賞しました