本廟で 親鸞と眠る 永遠の命

宗祖親鸞聖人の御真影(ごしんねい)を安置する御影堂

正面76m、側面58m、高さ38mの規模をもつ世界最大級の木造建築物で、「意匠的に優秀」、「技術的に優秀」という基準を満たし、2019年に国の重要文化財に指定されています

現在の御影堂は、1864(元治元)年の禁門の変(蛤御門の変)による焼失の後、 1895(明治28)年に再建されたもので、阿弥陀堂、御影堂門とともに2011(平成23)年の宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌の特別記念事業として大規模な修復がなされました

堂内の正面中央に親鸞聖人の御真影が安置されており、左右には歴代門首の御影や第8代蓮如上人の御影、また十字・九字名号が掛けられています

浄土真宗は日本の仏教宗派の中で信者数NO.1の宗派

内陣・外陣に敷かれた畳をあわせると927畳にも及びます

東本願寺と西本願寺は、もともとは1つの本願寺。親鸞聖人を尊敬する門徒たちが、親鸞の霊をお祀りするために建立した廟堂から始まった寺院です

「阿弥陀如来の前では全ての命は等しく尊い」という思想は、鎌倉時代の多くの庶民に支持され急速に発展しました

東本願寺の正式名称は「真宗本廟(しんしゅう ほんびょう)」です

北側落縁から見える鹿に楓の縁側欄間は、最も間近に見られる彫刻の一つです

親鸞聖人の廟堂から発展した経緯から、親鸞聖人像が安置されている御影堂は、本堂(阿弥陀堂)よりも大きく造られています

堂内には親鸞聖人の御真影や歴代宗主の御影像が安置されています

阿弥陀堂への渡り廊下には、明治時代の再建時に巨大な木材を運ぶために使われた毛綱やソリが展示されています。※毛綱:強度UPのために麻の中に髪の毛を撚り合わせた綱

祖父の分骨以来51年ぶりの納骨となりましたm(__)m

別当寺 明王院のみ 現存す

廣八幡神社

日本遺産「百世の安堵」

津波と復興の記憶が生きる広川の防災遺産の神社

現在も津波避難場所に指定されていて、平成25年(2013)には津波避難施設が設けられました

毎年11月5日、「世界津波の日」に広川町で開催されている「津波祭」の式典後には、広八幡宮への避難訓練も行われています

安政元年(1854)の南海地震と津波がこの地を襲った際、刈り取った稲むらに火をつけて道標にし、暗闇の中、村人を高台の廣八幡宮まで避難させたという濱口梧陵の逸話「稲むらの火」の舞台です

明王院護摩堂(室町時代築)

広八幡神社の別当寺「仙光寺」の一坊

元は12坊を有していたが、江戸時代には薬師院と明王院の2坊だけが残った

明治時代の神仏分離により、薬師院は廃寺、明王院も護摩堂を残すのみとなった

また、神社にあった多宝塔や鐘楼などお寺の堂宇は、他のお寺に移築している

盆供養 先祖の御魂 安らかに

お盆墓参り

輪島市合葬墓所

母の実家の墓が地震で壊れ合葬した

元市営火葬場跡

母の納骨を報告

納骨堂

亀裂はそのまま

崩れ落ちる心配

先祖が安らかに眠れるようm(__)m

手の施しようがない

元市庁舎玄関石

白山原石

かっての斎場があった場所です