元興寺 国宝薬師 如来像
吉田蚊帳株式会社
寛政4年(1792)建設の町家を改修した南側の座敷、中央の文政3年(1820)建設の主棟、北側の増築部からなります
特に主棟は、表屋造(※)として奈良町最古とみられるだけでなく、全国的に見ても古例です。正面は長大なつし2階建てで、下屋(げや)を通して一体感のある表構えとし、出格子を4箇所に構え、庇上は黒漆喰壁に虫籠窓(むしこまど)を設けています
元興寺五重大塔の高さは約49メートルと推定されています。
この大塔は、奈良時代よりこの地にて僧侶たちや、地域の人々に守られ、維持されてきました。度々の修理のために勧進により多くの喜捨が募られました。
しかしながら1859年、修理の最中、近隣火事の延焼で全焼してしまいました
このときの修理の為につくられた実測によると言われる立面図が現存しています。国宝薬師如来立像は炎上の際、この大塔に安置されておりました。近隣の璉珹寺の僧侶に担ぎ出されたと言われ、その際、「お助かりになりたいのなら、早くわたしの肩におつかまりください」と僧が心の中で祈ったところ、簡単に担ぐことができたという逸話が残っています
十七の礎石はほぼ完全な形で残り、国指定の史跡として登録され、日本では希少な例となっています
安政元年、増尾傳次郎は現在の元興寺町に大和茶の店を開きました
大和名産の茶の味を、少しでも多くの人々に知っていただきたいと、木津から船に積んで大阪や堺等へ卸に行くうち、戻り船が空で帰るのは勿体無いと、当時貴重品であった沖縄の黒糖、阿波の白下や和三盆を積んで帰って商うようになりました
鹿の舟 囀 (さえずり)は休業していました
庭内にキレイな花が咲いていました











