故夫人 藤原氏之墓 表示され
随願寺・榊原政邦・光夫妻墓所
越後村上藩第2代藩主、播磨姫路藩主(榊原家6代当主)
榊原政邦は宝永元年(1704)に村上藩(新潟県村上市)から姫路藩に入封しました
政邦は藩政改革に尽力する一方で領民の道徳と倹約を奨励する「読書条目」を発布し名君として讃えられました
又、宝永4年(1707)に駿府城(静岡県静岡市)修築工事を担当するなどの功績もあり従四位下に列しています
享保11年(1726)、52歳で死去すると遺言により増位山に葬られ、享保14年(1729)に江戸で死去した光夫人も遺言により同所に葬られました
榊原政邦と夫人の墓は昭和61年に姫路市指定史跡に指定されています
光夫人の父は鍋島光茂公
分家の旗本榊原家の榊原勝政(榊原康勝の庶子。1,000石)の子の榊原勝直(1,000石)の長男として誕生する
若くして嗣子なく没した榊原本家の政倫の養嗣子となり、越後村上藩を相続、その後に姫路藩に転封となる
榊原政邦およびその正室と側室実相院の墓は、随願寺にある
政邦と正室の希望によりここに葬られ、また実相院の墓もあり、実相院の墓は夫人病治癒祈願の墓としても祀られている
享保11年(1726) - 死去、享年52
巨樹が菩提を見守っている
樫の木かな?













