播磨地名 針間別命 由来かも?

姫路のシンボル・豊臣兄弟

城の背後には廣峯山から増位山の山脈が屏風のように連なります

JR播但線野里駅

2025年4月より無人駅

豊臣秀吉・池田輝政の城下町割以来、商業・職人の町として、また但馬道の窓口として栄えた町、今も虫籠窓があ伝統的な町家が見られます

1894年(明治27年)播但鉄道の駅として姫路駅 - 寺前駅間開通時に開設

銀の馬車道

より速く、より安全に、生野から飾磨津の間、約49kmを結ぶ夢の道路

野里の一帯は『播磨風土記』においては「大野の里」と呼ばれていた。この頭の「大」が取れて「野里」となったと言う

姫路城野里門跡が残っています

白国墓地に咲く曼珠沙華

増位山随願寺入口

佐伯神社

主祭神:阿良津命(アラツノミコト)

ムクノキの巨木(姫路市の指定保存樹)

祭神三座の中、稲背入彦命は景行天皇の皇子。播磨地方の開祖として針間別命とも称せられる

その子阿曽武命は、神功皇后三韓征伐の軍に従って多大な功績を挙げられた

稲背入彦命の御孫・阿良津命は、応神天皇針間巡幸の際、命により当時市川の川上にあった集落を統治された。この功により、佐伯直の姓を賜った