永楽館 125年の歴史 甦る
出石永楽館
出石永楽館は、明治34年に開館し、歌舞伎をはじめ新派劇や寄席などが上演され、但馬の大衆文化の中心として大変栄えました
時代と共に映画上映が中心となり、やがてテレビの普及や娯楽の多様化などにより昭和39年に閉館しました
その後、時は流れ、往時の永楽館を懐かしむ声があがるようになり、約20年の復元に向けた活動により、平成20年に大改修され、44年の時を経て永楽館は蘇りました
出石城下に常設の芝居小屋が開業。出石城主仙石氏の家紋「永楽銭」にちなみ名称を「永楽館」とする
太鼓櫓から「本日興行あり」の太鼓を打ち鳴らしたという
出石初午祭で歌舞伎の昼夜2回興行をし、大入り札止めの盛況を呈す
歌舞伎興行を中心に、剣劇、壮士劇、新派劇、寄席、政談演説会場としてにぎわう
第1次世界大戦、活動写真(映画)興行が多くなる
映画はトーキー(音声の出る映画)に変わっていく。この頃、治安維持法の下で、警官の臨監席が設けられ、思想娯楽の検閲・統制が厳しくなる
映画上映が中心となる。昭和26年から映画はカラーの時代になる
舞台では地方劇団の他、花菱アチャコ劇団、宝塚歌劇団、歌舞伎の又一郎一座等が来演
昭和39年、テレビ普及、娯楽の多様化などにより閉館











