木戸孝允 禁門の変で 隠れ住む

出石城下町(重要伝統的建造物群保存地区)

大手前通り

出石旧福冨家住宅

その向かい側に、維新史蹟桂小五郎潜伏遺跡があります

浄土真宗本願寺派(西本願寺)西方寺 

近くに鋳物師町発祥之跡石碑あり

元は天台宗で戦国時代に建立されたとの事

以前は山上にあった

羽柴秀吉公より三石六斗朱印付与あり

浄土真宗本願寺派高福寺

約650年以上前に真言宗寺院として建立されたと伝わり、室町時代や戦国時代を経て、現在の地に移転・再興されました。江戸時代には赤穂義士ゆかりの人物が入寺した歴史もあります

維新史跡:維新の三傑の一人・木戸孝允公(桂小五郎)潜伏セラレシ遺跡

志水重兵衛屋敷跡

桂小五郎:文久2年(1862)以降、藩政の要職に就きますが、元治元年(1864)の池田屋事件、その直後の禁門(蛤御門)の変で長州藩が敗れ、京都を追われ出石に身を隠すことになります。その後、攘夷を諦め倒幕運動を進め、慶応2年(1866)には薩長同盟を締結。新政府成立後には、五箇条の御誓文の草起や版籍奉還・廃藩置県に携わるなど、活躍しました

桐吉

田結通り・出石米穀

いずし落語笑学校

おりゅう灯籠

昔は船行の灯明台として使われていました

出石勝林寺

出石城址の中心にあたる漆喰の白壁が特徴ある浄土真宗寺院

ご本尊は阿弥陀如来です

出石藩の家老屋敷前にあり、比較的大きな寺院で城壁としての役目も果たしていたと思います