秋篠川 平城京 船着場
大和郡山九条町
高倉大明神 三輪大神 玉椿大明神
平城京西市船着場跡
平城京西市跡
奈良時代当時この付近一帯に巨大な市場がありました
秋篠川から市場に物資を運ぶための運河が造られていた
秋篠川は造営時に条坊にあわせ直線化された人工河川です
1200年前にも咲いていたでしょう
藤原京から平城京への遷都は文武天皇在世中の慶雲4年(707)に審議が始まり、和銅元年(708)には元明天皇により遷都の詔が出された
恭仁京や難波京への遷都によって平城京は一時的に放棄されるが、745年(天平17年)には、再び平城京に遷都された
弘仁元年(810)、平城上皇によって平安京を廃し平城京へ再び遷都する詔が出された。これに対し嵯峨天皇が迅速に兵を動かし、平城上皇は剃髪した(薬子の変)。これによって平城京への再遷都は実現することはなかった
奈良口・明治天皇駐輩之蹟(ちゅうひつぎょし)
1908年(明治41年)11月14日、明治天皇は陸軍特別大演習の閲兵式の様子をご覧になりました
平城京の入り口だったのでしょう











