三角縁 神獣鏡 33面
国の史跡
柳本町にある前方後円墳「黒塚古墳」
オオヤマト古墳群を構成する古墳の1つ
出土品は国の重要文化財に指定されている
ほぼ未盗掘状態の竪穴式石室の発掘調査が実施され、画文帯神獣鏡1面・三角縁神獣鏡33面からなる銅鏡群や武器・甲冑などの多量の副葬品が出土したことで知られる
行燈山古墳の西約500メートルの位置において、東西方向の尾根状地形上に築造された大型前方後円墳である
中世に地震による石室の崩壊後に盗掘に遭っているほか、中世・近世に柳本城の付城や柳本陣屋の一部として利用され、墳丘は大きく改変されている
穴師山
昭和36年(1961)以降に5次の調査が実施されており、特に平成9-10年の学術調査の際に多数の三角縁神獣鏡が出土している
柳本町内、生駒山
墳形は前方後円形で、前方部を西方向に向ける。墳丘は、後円部では3段築成、前方部では2段築成で大部分は盛土により、墳丘長は130メートル(推定復元134メートル)を測る
墳丘外表で埴輪は確認されておらず、葺石もなかったとみられる
埋葬施設は後円部中央における竪穴式石室(竪穴式石槨)である
全長8.2メートルを測る長大な石室で、内部に割竹形木棺を据えたとみられる
石室内の人骨は失われていたが、棺内から画文帯神獣鏡1・鉄刀1・鉄剣1・刀子状鉄製品1が、棺外から三角縁神獣鏡33面・刀剣・鉄鏃・Y字形鉄製品・U字形鉄製品・甲冑・工具・土師器など豊富な副葬品が出土している
文政6年(1823)石碑
築造時期は、古墳時代前期前半の3世紀後半頃と推定される
初期ヤマト王権の中枢を構成するオオヤマト古墳群において、ほぼ未盗掘の状態で発掘調査が実施されて埋葬施設の全容が判明した唯一の例であり、
銅鏡や鉄製品の多量出土によって、前期古墳の定点として古墳時代研究において不可欠な位置づけにある古墳である














