行燈山 ハツクニシラス スメラミコト

行燈山古墳(崇神天皇陵)

山邊道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのえのみささぎ)

169号線の景行天皇陵から1kmほど、信号のある交差点の所、陵の前に無料駐車場があります

天理市柳本町にある全長242メートルの巨大な前方後円墳で、宮内庁により「山邊道勾岡上陵」として第10代崇神天皇の陵に指定されています

4世紀前半に築造された、大和政権の初期を代表する大王墓

石畳の道が心地よい

神話記紀(古事記・日本書紀)によると、崇神天皇は実在した最初の天皇とも評される「初国知ラス大王(はつくにしらすおおきみ)」

統治していた時代に疫病が全国的に大流行した際、天皇は夢で大物主神の託宣を受けました

そのお告げに従って神を丁重に祀ったところ、疫病が鎮まり国が平和になったと伝えられています

四道将軍を派遣して地方統治の基盤を固め、農業振興や池溝の開拓など内政の充実にも尽力しました

崇神天皇陵2号堀

『古事記』には「御陵は山邊の道の上にあり」と記されており、現在の地名である「山の辺の道」に位置しています

 

古墳時代前期(4世紀前半頃)に造営されたと考えられています

江戸時代後期の国学者・蒲生君平は『山陵志』で本古墳を「景行天皇陵」と比定しましたが、江戸時代末期の国学者・谷森善臣が『山陵考』で「崇神天皇陵」に比定し、それが現在まで引き継がれています