久秀は 平蜘蛛火薬で 粉砕す
天正3年(1575)尾張州の原田直政が大和守護に任命、松永久通を重用
天正4年(1576)塙直政が討ち死に、順慶が国主へ、興福寺は大歓迎、一方で軍事指揮権のみ
天守台
天正5年(1577)松永久通の謀叛、松永方から没収した領地の宛行は信長
「屋代弘賢氏所蔵文書」信長は岡氏に「松永右衛門佐」の信貴籠城を言語道断
「松屋名物記」多羅尾光信が破片を継いだ、「天王寺屋会記」多羅尾綱知が茶会で使用
「山上宗二記」信貴山城で失われた、当世では不要
「川角太閤記」切腹後に首と平蜘蛛を火薬で砕く、「茶窓開話」平蜘蛛を割って自害
平蜘蛛を望んでいた話はあるが助命の話はない、城も火薬で吹っ飛ばない
公園として整備
内(中)堀
鰻堀池











