和珥氏祖神 祀りし神社 赤阪比古
天理市和爾町「和爾坐赤阪比古神社」
御祭神は「阿田賀田須命」「市杵島比売命」
『延喜式』神名帳には大社に列せられ、古くは有力な神社だったようです
創建・由緒は詳らかでありませんが、当地は古代氏族の和珥氏が拠点を置いた地であり、近隣に鎮座する二社の和爾下神社と共に和珥氏が祖神を祀ったものだったことが考えられます
和珥氏は孝昭天皇の皇子である天足彦国押人命を祖とする氏族で、春日臣・大宅臣・粟田臣・小野臣・柿本臣・壱比韋臣など16氏に分かれた一大氏族です
『新撰姓氏録』には大和国神別に大国主の六世孫、阿太賀田須命の後裔であるという「和仁古」が登載されています
和珥氏は文字通りワニをトーテム(氏族の象徴)としていた人々とも考えられ、一説には安曇氏と同様の海人族だった、もしくは安曇氏や宗像氏などと同族であるとする考えもあります
和珥坂下伝承地道
古事記や日本書紀には、和邇坂下(和珥坂下)あるいは和邇坂とよぶ地名があります。日本書紀神武天皇に関する記述には「和邇坂下に巨勢祝(こせのはふり)という者あり」とあります
これは神武天皇が大和を平定した際に逆賊として倒された巨勢祝という土豪が、和邇坂下に所在していたことを示しています






