本堂に 国宝薬師 三尊像

霊山寺本堂は棟札によると鎌倉時代後期の1283年(弘安6年)に建立されました

大僧正圓教像

1942年(昭和17年)に解体修理が行われました。本堂は内陣・外陣・脇陣からなり、外陣は室内に柱がなく、天井は折上小組格天井(おりあげこぐみごうてんじょう)です

内陣の天井は外陣と同様で、連子窓(れんじまど)に古材が残されています。なお本堂は春日厨子内に薬師三尊(重要文化財)と言われる本尊・薬師如来、両脇侍(きょうじ)に日光菩薩・月光菩薩(がっこうぼさつ)が安置されています

厨子の左右にいずれも重要文化財である二天持国天・多聞天像・十二神将像、外陣に大日如来坐像・阿弥陀如来坐像も安置されています

更に行基菩薩・菩提僊那も祀られています

行基菩薩僊那歌碑

本堂は金堂・根本中堂(中堂)・仏殿などとも言われています。飛鳥時代から平安時代前半に創建された寺院では金堂と言われ、禅宗では仏殿と言われるとこが多いそうです

薬師如来は菩薩時代に衆生の病気を治すなどの十二の大願(十二誓願)を立てて如来となった東方瑠璃光浄土の教主とされています

薬師如来は瑠璃光を以て衆生の病苦を救う如来とされています。薬師如来は医王如来とも言われ、一般的に左手に病を癒す為の薬壷(やっこ)を持ち、右手に施無畏(せむい)の印を結んでいます

鼻高山

日光菩薩・月光菩薩は薬師如来の脇侍とされ、薬師如来とともに薬師三尊を構成しています

日光菩薩は薬師如来の本願と功徳を説いた「薬師経」によると一千もの光明を発して天下を照らし、諸苦の根源たる無明の闇を滅尽するとされています

月光菩薩は「薬師経」によると月の光を象徴し、日光菩薩とともに薬師如来の教説を守る役割があります

本堂は桁行五間・梁間六間で、入母屋造の本瓦葺です

本堂は向拝(こうはい)一間で鎌倉時代の和様仏堂の代表作と言われています