霊山寺 霊験あらたか 薬師仏(如来)
奈良県奈良市中町に位置する霊山寺真言宗の大本山で、山号を登美山(とみさん)または鼻高山(びこうさん)と称します
本尊は人々の病を癒し、心身の安寧をもたらすと信仰される薬師如来です
開山は奈良時代の高僧・行基と、インドから来日した菩提僊那と伝えられています
正式な読みは「りょうせんじ」ですが、「りょうぜんじ」「れいざんじ」とも呼ばれ、地元ではいずれの呼称でも親しまれています
奈良市街地の西方、富雄川流域の穏やかな丘陵地にあり、戦乱の影響をほとんど受けなかったことから、古代・中世の面影を色濃く残す寺院として知られています
寺伝によれば、霊山寺の起源は飛鳥時代にまでさかのぼります
八体仏霊場
小野妹子の子とされる小野富人は、壬申の乱後に官位を辞し、登美山に隠棲しました
天武天皇12年(684年)、熊野参詣の折に薬師如来の霊験を感得し、そのお告げに従って登美山に薬師三尊を祀り、病に苦しむ人々を救うために薬草を育て、薬湯を設けたと伝えられています
このことから富人は登美仙人、あるいは鼻高仙人と呼ばれるようになりました
開山行基像
神亀5年(728年)、聖武天皇の皇女・阿倍内親王(後の孝謙天皇)が重い病に伏した際、天皇の夢枕に鼻高仙人が現れ、登美山の薬師如来の霊験を告げたといいます
これを受けて行基が登美山で祈願を行ったところ、皇女の病は快癒しました










