三碓(みつがらす) 添御縣(そえみあがた) 式内社
添御縣坐神社の社名は、添郡(そうぐん=現在の奈良市、生駒市や旧生駒郡、添上郡を含む奈良県北部)に設置された御縣(みあがた=朝廷の直轄地)に鎮座する神社を意味します
創始は、古墳時代に遡ることができ、一説に古事記に登場するイワレヒコ(のちの神武天皇)と戦った長髄彦(ナガスネヒコ)の御霊をまつる祠が起源という説も伝わります
現在の本殿は、約640年前の南北朝時代末期の永徳3年(1383)に建立されたもので、国の重要文化財に指定されています
隣接する根聖院(こんしょういん)の境内には、3個の窪みのある巨石が奉安されていますが、これが古代には、三つの唐臼(カラウス=脱穀機)として使用されていたという伝承があり、これが訛って、三碓(ミツガラス)の地名の起源になったとされています
恵比寿神社
英霊殿
本殿(重要文化財)
古代以来、大和の国の中に添(そう)郡(ぐん)といわれる郡があり、古代の文書には層富あるいは曽布とも記されましたが、今の奈良市、生駒市や旧生駒 郡、添上郡を含む奈良県北部に当ります
広大な郡で、人口も増加したので後に添上(そえかみ)、添下(そえしも)の両郡にわかれました
明治12年に奉献されたコレラ退散祈願絵馬
県[あがた]とは、律令体制以前の、朝廷の直轄地として設置され、ここは主に皇室に木材や薪を納めていた料地のため「御」の字をつけ御県(みあがた)と言われました
大和には他に高市・葛木・十市・志貴・山辺の五つの県があり、合わせて六御県(むつのみあがた)とも呼ばれました
従って大和の国の添郡に設置された御県に鎮座する神社という意味になります










