古代史は 考古学に 推理力
奈良市石木町ですが、登彌神社が鎮座する丘のあたりは古くから「木嶋(このしま)」という小字(こあざ)で呼ばれていたとされています
木嶋には、「木の島」のように、森に囲まれた独立した小高い丘=“神が宿る場所”というイメージ
参道の灯籠の竿には「木嶋大明神」と刻まれている
物部氏の一族である「登美(鳥見)氏」が当地に居住し祖神を祀ったのが当社であるとも考えられています
『新撰姓氏録』左京神別に速日命の六世孫、伊香我色乎命の後裔であるという「登美連」が、河内国神別に饒速日命の十二世孫、小前宿祢の後裔であるという「鳥見連」が登載されています。ただし大和国にはトミを名乗る氏族は登載されておらず、漏れているのかもしれません




