裏込石 8000数の 転用石

追手東櫓は柳沢氏が入城するまで「法印斜曲輪巽角櫓」と呼ばれていた

秀長入城時(1583)筆頭家老・桑山一庵法印良慶の屋敷がこの曲輪に構築されていたところから

古絵城図の中に「今太鼓櫓」が注記されており、時を知らせたり、変事を知らせる太鼓だったようです

棺に使われた陶器甕

郡山城下からの出土品

五輪塔

石臼

板碑

石仏

天守台石垣に転用された石仏

天守台の1割解体裏込みから800もの転用石仏が見つかりました

全体では8000という数字になりますね

郡山城には中世までに育まれた石造り文化が集約されており、今も多くの石垣の中に眠っています