古絵図では 五階五層の 天守閣
追手門向櫓付近の埋設土器
天守台付櫓台の埋納土器
菊丸瓦等の破片
豊臣期の瓦
聚楽第同笵瓦
歴史に翻弄された郡山城天守
初代天守は生駒山鬼取山から伐採した材木が使われたが慶長元年の伏見大地震で倒壊した
二代目天守は五奉行増田長盛が五階五層の壮大な望楼天守を完成させた
唐破風や千鳥破風で飾られ正面に小天守を従えた複合天守
天守台へ上る石階段がニケ所設けられていた(発掘調査から判明)
天守に上がる通路が地下と地上の2ケ所にあった城は、大阪城、安土城、彦根城です
その後、二代目天守は二条城天守として、さらに淀城天主として移築されました
厳しい割り当てがあったことが想像されます










