名刹 西の聖天 興法寺

辻子谷豪雨被害

住職さんが水路の復旧作業中

西の聖天さん

鷲尾山興法寺

本尊の木造三面十一面千手観音菩薩立像は行基の作と伝わっています

聖天堂

役行者の開基で修験道場として行基・空海も修行したと伝えられています

以前、奥方に親切にしていただいた<m(__)m>

境内には神武天皇ゆかりの時雨桜があり、11月にすばらしい紅葉がみられます

伝説では、千手寺を開いて神並村(こうなみむら)にあった役行者は、生駒山の東に吉祥を表す雲がたなびくのを見て、氷室滝という滝にちかづいてみると、そこに氷室権現という神があらわれて、「大聖歓喜天」いわゆる「聖天(しょうてん)」像を授けられたといいます

さらに時は下って平安初期は弘仁六年(815)、弘法大師空海がこの地に参籠のおり、九頭龍(くずりゅう)権現が出現して、役行者が授けられた聖天像を授けます

そこで弘法大師は、この地に諸堂を建立し、鎮護国家の道場としたと伝えられています

しかし、南北朝時代は正平三年(1348)に起こった四条畷合戦によって諸堂消失。永禄六年(1363)に大西丹後守浄味が再興し、参道に桜を植えたといいます