湛海が 中興の祖 伽藍整備
福徳大神遥拝所
宝山寺の開山以前から信仰の対象(御神体山)であったであろうピラミッド型の山を遥拝する
禁則地
役行者や空海が修行されたとされる甘南備山
中興開山・湛海律師以下歴代山主墓
生駒山は伝承によれば斉明天皇元年(655)に役行者が開いたとされる修験道場で、空海(弘法大師)も修行したと伝わる。その当時は都史陀山 大聖無動寺(としださん だいしょうむどうじ)という名であったという
江戸時代の延宝6年(1678)に湛海律師が再興するが、この時が事実上の開山だと思われる
延宝8年(1680)正月には村人や郡山藩家老らの援助により仮本堂が建立され、後には大聖歓喜天を鎮守として祀った
貞享5年(1688)には新本堂が完成して伽藍の整備が終わり、寺名を寳山寺と改めた
26日雨で境内が水であふれた
奥の院への車道
復旧工事行われないと通行できません











