窟石尊 お堂に見立て お祀りする

凝灰岩の転石にできた塩類風化による穴に祭られている地蔵。「窟石尊(くっせきそん)」として、江戸時代後期の書物「稲葉佳景無駄安留記((いなばかけいむだあるき)」の中にも紹介されている

鳥取藩の藩医として活躍していた安倍恭庵による「因幡誌」にも、「その昔、岩戸沖で漁をしていた漁師の網に地蔵が一つだけ入っていた」と記載されており、古くから漁師の豊漁祈願の対象であった」と記され

オンカカカビサンマエイソワカ」という真言をお唱えします。「類いまれな尊いお地蔵さま」という意味です

窟石の中に17体のお地蔵

駟馳山麓に立つ墓碑

窟石尊より港側の山中

岩戸神社

創立年代不詳。旧『鳥取縣神社誌』は「石見国の落人某、長禄二年(1458)六月一六日、伊勢より神明宮を勧請し、当所の氏神とす」という一説を記している

寛文3年(1663)の本殿屋根葺替の棟札がある。近世まで神明宮また伊勢神明宮と称されたが、明治初年に岩戸神社と改称した

岩戸部落の氏神である

宝物等 御船(宝船千石船模型)

福部村岩戸港:第1種漁港

港湾工事の地元ガードマンに駟馳山について尋ねたが登ったことがないという

37年前に訪ねた時はスルメイカがいっぱい干してあった

現在は釣り場として人気があるようです

鳥取市内からの釣り客に話を伺いました