隆範 鉄道の父 九鬼家ほまれ
明治維新は武士階級の地位を根底から覆し、自ら生活の糧を得る道を切り拓かなければならなくなったとき、隆範は身に付けた測量の技術をもって草創期の「鉄道」に入りました
当初の鉄道はイギリスの指導のもと技術を導入し、隆範もイギリス人技術者に付いて鉄道の測量に従事しています
すぐさま鉄道測量技術を習得し、測量術の解説書「測地必携」(共著:明治10年2月)を著しています
鉄道技術を日本の技術として確立する上で大きな貢献したと言えます
五七の桐紋襖戸
三田に帰郷後、隆範は謡曲を楽しみ、菊作りなどの園芸に親しむとともに、「絵を描く」趣味を持ち、立杭焼の陶器に絵付けなどをしています
この絵心あればこそ、旧九鬼家住宅の「着色された立面図」を描き、天覧に供した「京神間鉄道線図」も描かれたのでしょう
京神間鉄道線図の美しさと精密さには驚くべきものがあります
旧九鬼家住宅主屋1階は、壁が漆喰と板張りで仕上げられており、格子戸や障子が嵌められた和風様式
2階は壁が漆喰で仕上げられ、窓は鎧窓という洋風の造りになっている
主屋2階の東側には、洋風のベランダが巡っている
ベランダの屋根を漆喰が塗られた円柱が支えており、円柱の間の上部はアーチ状になっている。また柱間にくり形付の手すりが備え付けられるなど、洋風の趣に仕上げられている










