大原郷 雨乞踊り 陣太鼓
米原市朝日八幡神社
創祀年代は不詳「応永元年奉再造」の棟礼があり、それより以前の創建である
文明、長享の頃は京極氏の崇敬が特に篤かった。一月七日の神事には、梓河内が三組に分かれ、各組から大鏡餅とまゆ玉(花餅)が供えられ、この頭人の選定、神事行事は古式にしたがって行はれる
当社には、青年会から称宜職が選ばれ、神社の祭事の手助け、神事行事、境外社及び山神、金比羅神の御守をする
家内一同忌火を行ない、不浄にふれず、他人の杯を受けず、四ツ足を食さぬことが受継がれ、実行されている。明治9年村社に列し、昭和16年神饌幣帛料供進指定となる
八幡神社の境内で、つま折笠に緋こて、カルサン袴の踊り手たちが胸の太鼓を打ちながら踊る素朴な民衆芸能で、市内で唯一の国の選択無形民俗文化財です
今から約1300年前、大原郷(おおはらごう)を開墾した際に始まったといわれる雨乞い踊りです
伝承には、賤ヶ岳の戦いで勝ちをおさめた羽柴秀吉が、陣鉦(じんじょう)・陣太鼓を打ち鳴らしたところ、大雨が降り出したので、それ以来、鉦や太鼓を用いるようになったと伝わります
水を司り、幾本もの大河の水源である伊吹山に対し、周辺の村々では現在でも9か所で雨乞い御礼の太鼓踊りが山に向かって奉納されています
水掛かりの悪い扇状地で暮らす人々水利の源への祈りと感謝の姿が今も引き継がれています
長浜駅、近江長岡行きのバスがあります
伊吹山の麓











