三成は 豊臣思い 筋とおす
石田三成像
長浜市に生まれた三成は、当時長浜城主だった豊臣秀吉に気に入られ部下となります
織田信長が本能寺の変で亡くなったあと、天下人となった秀吉のもとで三成は、ついには五奉行と呼ばれる重臣に登りつめます
戦乱を治め、世の中の平和を実現しようと太閤検地など多くの政策に携わったといわれ、制度を整えていった時代の立役者でした
その心は、旗印に掲げた「大一大万大吉」にも表れていました
秀吉が亡くなると、徳川家康が次の天下人になろうと動き出しますが、豊臣家を支え続けた三成は、忠義の心から家康の天下取りを阻止するために立ち上がり戦いを挑みます
長束正家:居城の水口城が落城したため長束村に在し、その地名を取って長束を称した
丹羽長秀の家臣であったが経済通を買われ秀吉側近となる
豊臣のために筋を通そうとする三成に心を打たれ西軍に味方した
最期は敗軍の将として処刑されましたが、三成の生き方には強い信念が感じられます
それは「相手を思いやる心」と「自分のやり方を貫くこと」
三成の叶えたかった夢は何だったのでしょう
三成の魂は今の時代にも受け継がれています







